タキアの街と底なしの米欲
ブルーフォレスト伯爵領の南に位置する『タキア伯爵領』の街に到着したイチカ一行。
イチカがタキアの街で真っ先に足を踏み入れたのは、市場ではなく、あるものを扱う商会だった。
彼女がそこで真っ先に買い求めたもの――それは、新たな「大型荷馬車」そのものだった。
「馬の手配や調整もありますし、すぐに受け取ることはできませんから、ここは最優先で押さえておかないといけないわ」
そう言って笑顔を浮かべるイチカに、ロベルトは首を傾げ、怪訝そうな表情を隠さなかった。
「イチカ様、我がムーツ領の馬車は長距離の移動を想定して、すでに相当な大きさのものを揃えているはずですが……
それなのに、なぜ現地でさらに馬車を買い足す必要があるのですか?」
これを聞いたイチカは、パッと目を輝かせ、熱っぽく両手を握りしめた。
「ふふふ、ロベルトさん。あの道中で見つけた『イネ』――つまり『米』をね、積めるだけ買うつもりよ。
もし買い出しのスペースに余裕ができたら、余った空間はすべて米で埋め尽くす予定だもの。今までの馬車じゃ絶対に足りないわ!」
そのあまりにも全振りした野望に、ロベルトは思わず額を押さえて天を仰ぎ、セレナも「またイチカ様の美食探求が始まった……」と言わんばかりに苦笑いを浮かべた。
しかし、イチカの圧倒的な熱量に抗える者は誰もいなかった。
馬車の確保を手際よく済ませた一行は、次いで活気あふれるタキアの市場へと繰り出した。
道中で見つけた米の調達はもちろんのこと、冬支度に向けた根菜類、独自の保存食、そしてタキアの特産品や調味料を次々と品定めしていく。
「これは素晴らしい香りだわ……。これも、あちらの珍しい食材も、すべて買い付けをお願いね!」
イチカが吟味し、レイモンドが屈強な体躯で次々と購入予約をまとめていく。
そして、2日後にすべての日程を終えて街を離れる日、新しく手配した馬車の引き渡しに合わせて市場へ納品してもらうよう、商人たちにしっかりと手配を済ませたのだった。
一通りの買い付けと交渉を終え、街の通りを歩きながら、イチカは満足げにふぅっと息をつく。
「ふふっ、今日はこれくらいにしておいてあげるわ。市場の美味しい食材たち、明日も覚悟しなさい……」
「……イチカ様、相手は食材ですし、何より誰と戦っているのですか?」
セレナのツッコミを華麗にスルーしつつ、一行はあらかじめ予約しておいた宿へと向かった。
旅の疲れを癒やすべく、その日の夕食は宿の主人に強く薦められた街一番の食堂へと足を運んだ。
そこで待ち受けていたのは、北国ならではの極上の名物――「きりたんぽ鍋」風のスープだった。
タキア地鶏のガラから丁寧に取られたスープは、黄金色に輝き、立ち上る湯気だけでも食欲をそそる。
香ばしく焼き上げられたキリタンポがその濃厚な旨味を吸い込み、セリやゴボウ、マイタケといった野菜たちと見事に調和している。
「ん……っ! 美味しい……!」
一口スープをすすったイチカの瞳が、感動で大きく見開かれる。
鶏の深いコクと、キリタンポのモチモチとした食感、そして噛むほどに広がる滋味深い味わいは、冷え切った身体の芯からじんわりと染み渡っていくようだった。
セレナやレイモンド、そしてロベルトも、あまりの美味しさに夢中で箸を動かしている。極上の温もりを堪能した夕食となった。
そして翌々日――。
市場を訪れたイチカたちの目の前には、手配していた新型の大型荷馬車と、これまで買い集めた物資の山が待ち構えていた。
「よしっ、完璧ね!」
タキアで調達した山のような食材と、積み込める限界まで詰め込まれた『米』の数々。なんと用意した馬車2台が完全に満載となるほどの物量である。
御者台には気合十分のレイモンドとロベルトがそれぞれの馬車に座る。
大量の宝の山を乗せた馬車は、満足感とさらなる野望を胸に抱いたイチカを乗せ、北のムーツ領へと力強く走り出したのだった。




