更なる高みへ
北方警備隊の駐屯地にある、使い込まれた武具の匂いが立ち込める訓練所。
ガチャン、ガチャンと木剣が激しくぶつかり合う音が響く中、その一角にスッと凛とした足取りで歩み寄る影があった。
イチカの護衛兼メイドであり、揺るぎない実力を持つ少女――セレナその人である。
彼女の視線の先には、北方警備隊の隊長であり、かつて深い縁で結ばれていたルーカスの姿があった。
「ルーカス隊長。今、少し時間を取ってもらえるかしら」
セレナの澄んだ声に気づいたルーカスは、手持ちの剣を収めると、どこか柔らかい笑みを浮かべて振り返った。
「おや、セレナじゃないか。どうしたんだ、こんな訓練所にまで足を運ぶなんて。護衛の任務中じゃなかったのか?」
「任務中よ。だからこそ、あなたに頼みがあって来たの」
セレナはまっすぐな瞳でルーカスを見据え、その胸中を語り始めた。
まもなくノボリベッツ領への政治的旅行を控え、護衛としてはレイモンドが前衛につく手はずとなっている。
しかし、どれほど優秀な騎士が周囲を固めようとも、万が一の事態が起きたとき、最後の砦としてイチカを守り抜くのは側近のメイドである自分なのだと、セレナは強く自覚していた。
「……レイモンド様も腕は確かだけど、最前線で主様をお守りする私が中途半端な実力じゃ意味がないわ。
これから待ち受ける政治の舞台や、予測できない脅威に対して、最善を尽くすためには――もっと強くなる必要があるの」
その言葉には、主であるイチカを絶対に守り抜くという、揺るぎない覚悟と熱量が宿っていた。
かつて同じ時間を過ごし、互いの実力を誰よりもよく知るルーカスは、セレナのその真剣な眼差しを受け止めると、やがて頼もしいものを見るような笑みを浮かべて深く頷いた。
「ふっ……相変わらず、向上心のかたまりだな。いいだろう、その頼み、喜んで引き受けよう」
ルーカスは愛用の剣を肩に担ぎ、少し不敵な笑みを浮かべた。
「我が隊の訓練場を、君の特訓場として存分に使わせてやる。生半可な指導はしないつもりだが、ついてこられるか?」
その言葉に、セレナは微塵も怯むことなく、かえって闘志を燃え上がらせるようにスッと目を細めた。
「当然よ。遠慮はいらないわ。……修羅たちの指導に比べたらこんなのは楽勝だわ……」
「ははっ、相変わらず手厳しいな。いいだろう、後悔させてやるよ!」
こうして、愛する主を守るための力をさらに研ぎ澄ますべく、セレナの厳しくも熱い特訓が、北方警備隊の訓練所で幕を開けたのだった。




