ちいさくてかわいい引っ越し
真面目な政治的密談が一段落したその時、エオノーラ夫人はふと視線を執務室の隅へと走らせた。
そこには、重厚な書棚の端にちょこんと置かれた、妙にファンシーで精巧なミニチュアハウスと、そこに並ぶ小さな動物じみた愛らしい人形たちが飾られている。
貴族の執務室の厳かな雰囲気には似つかわしいとは言えないその一角に、夫人は興味を惹かれたように歩み寄った。
「ねえ、ルキウス男爵。あれは一体何かしら?」
エオノーラ夫人が指差したのを見て、ルキウスは少し気まずそうに頭をかいた。
「ああ、あれですか……。以前、イチカが何か作って売れないかと試作した品ですよ。いわゆる、小さな人形と家、家具をセットにした玩具のようなものですが……」
「ふむ、イチカがね。とてもよく出来ているけれど、どうしてこんなところに?」
「ええ、価格が高すぎて一般には売れないと分かって、結局商品化は見送りになりましてね。かといって捨てるのも忍びなく、行く場がなくてこの執務室に飾る事にしたというわけです」
ルキウスの言葉を聞きながら、エオノーラ夫人はその小さな人形をそっと持ち上げ、驚きに目をを見張った。
「……信じられないわね。この縫製の細やかさ、家具の木目の精巧さはどう? 物の価値が分かっていないわね」
夫人は興味深そうにミニチュアハウスを覗き込み、ふと、艶やかな笑みを浮かべた。
「ねえ、ルキウス男爵。この人形たちを、店で並べて売ろうとするからコストが合わないのよ。
いっそ『温泉迎賓館』の特別室やロビーの一角に、非売品のディスプレイとして飾ってみたらどうかしら?」
「非売品として、飾る……ですか?」
「ええ。温泉で心身が癒やされ、ゆったりと寛いでいる貴族の奥方や令嬢たちにとって、こうした愛らしい箱庭の世界はたまらない目の毒よ。あえて『売り物ではない』と見せつけておくの。そうすれば、『どうしてもそれが欲しい』『我が家のサロンに置きたいから、我が抱える職人に作らせるためでもいいから譲ってほしい』と、向こうからどうしても欲しがって買わせる形になるわ」
領主としての経済合理性や大量生産ばかりにとらわれていたルキウスにとって、その発想は目から鱗だった。
さすがは一大勢力を率いるアルスター公爵家の夫人、その鋭い商才と心理の読み方は一級品である。
「なるほど……! 表立って商品として売るのではなく、欲しがる者に特別に譲るという形をとるわけですね。さすがは公爵夫人、目の付け所が違います」
その日の夜、このエオノーラ夫人の提案はさっそくイチカへと伝えられた。
「そんな売り方があるんだ……!」
と目を丸くしたイチカは、夫人のアドバイス通り、温泉迎賓館の一角に温泉迎賓館で生活する姿を表現したディスプレイコーナーを設置し、あえて「非売品」として飾った。
商品化の壁に阻まれていたはずのちいさくてかわいい人形たちは、こうして思わぬ形で、北の大地の上流階級の限られた愛好家たちの間で、欲しくてたまらない者たちが自ら買い求める贅沢品としての需要を勝ち得ていくのだった。




