北海道温泉の旅ご招待?
秋の深まりゆく王城の一室。
そこには、国王の弟であるジークフリート王弟殿下と妻のビクトリア、そして王国の重鎮であるアルスター公爵とエオノーラ夫人の、わずか4人だけが顔を揃えていた。
ただならぬ緊張感が漂う部屋の中で、彼らは深刻な面持ちでテーブルを囲んでいる。
その発端となったのは、先日開設されたばかりの「定期便」にあった。
先日のノースシーロード王国との会談を経て、ついにブルーフォレスト港とノボリベッツ港を結ぶ待望の定期航路が開設された。
その記念すべき「初便」の貨物には、両国間の貿易品や物資のほかに、思わぬ一通の書簡が紛れ込んでいたのである。
宛先は、王都にいるジークフリート王弟殿下。
差出人は、他でもないノボリベッツ侯爵だった。
「……で、肝心の手紙の内容なんだがな」
ジークフリートが重々しい口調で切り出し、手元の羊皮紙をテーブルの上に置いた。
そこに記されていたのは、ノボリベッツ領からの使者を通じて届けられた、一つの「招待状」だった。
内容はシンプルながらもノースシーロード王国からの正式な書簡であった。
――ノボリベッツ領への、イチカの招待。
時期は、これから訪れる厳しい冬が明け、春の雪解けを迎えた頃を指定してのことだった。
「よりによって、あのノボリベッツ侯爵が直接イチカを呼びつけるとはね……」
妻のビクトリアが眉間を押さえ、小さく息を吐き出す。
ノースシーロード王国といえば、かつてイチカが独自の知恵と機転で多大な影響をもたらし、今回、防衛と通商の協定を結んだ最重要の北の島国だ。
その辺境を実質的に牛耳るノボリベッツ侯爵が、わざわざ公式な定期便の初便を使ってまでイチカを指名して招待してきた。
――その裏にどのような政治的思惑や狙いがあるのか、王国の中枢を担う彼らには容易に想像がついた。
「向こうの狙いは間違いなく、彼女の持つ『規格外の知識と商才』だろう。だが、むやみに断れば、我が国とノースシーロード王国との関係にも影響しかねん」
アルスター公爵が腕を組み、険しい顔つきで唸る。
妻のエオノーラも、扇子で口元を隠しながら憂慮の色を滲ませた。
「かといって、あのイチカが、他国からの正式な招待と知れば断るとは思えませんし……どう断ったものか、あるいは受けるべきか、頭が痛い問題ですわね」
冬の到来を前にして、王城の最高権力者たちは、この厄介にして魅力的な「招待状」をどう扱うべきか、頭を悩ませていた。
そんな重苦しい沈黙を破るように、エオノーラ夫人がふっと優雅に息をつき、隣に座る夫を見据えた。
「悩んでいても仕方がありませんわ。正式な招待てある以上断る訳にはいきませんわ。……でしたら、私たちが正式に同行する形にするのが一番ですわね。あなた、アルスター公爵?」
「む……私が同行するのか?」
アルスター公爵がわずかに目を見張ると、エオノーラ夫人は当然のようにうなずいてみせた。
「当然ですわ。国を背負う要人としてではなく、彼女の『保護者』や『後ろ盾』という名目を無理やりでもこじつけて、私が……いいえ、あなたも一緒にノボリベッツ領へ赴き、先方の出方を徹底的に見張るのです。あちらの好きにはさせませんよ」
さらにエオノーラは、この招待を円滑に、かつ安全に進めるためのメンバー構成について言葉を続けた。
「それに、行くとなればイチカ本人だけでなく、父親であるシモキタール男爵や、妹のエリスも連れていくべきですわね。家族が一緒であれば、向こうも無体な真似はしにくくなりますし、何よりあの姉妹を引き離すのは不可能ですから」
エオノーラの揺るぎない提案に、ジークフリート王弟殿下も深く頷きながら苦笑いを浮かべた。
「なるほど……アルスター公爵夫妻に、父親のシモキタール男爵、そして妹のエリス。そこまでの面々が『身内の旅行兼後ろ盾』として同行するなら、王家としてもノボリベッツ側に対して完璧な牽制になるな」
こうして、厄介な招待状に対する王城の結論は、厳しい冬を越えた春の雪解け後、イチカを中心にアルスター公爵夫妻、ルキウス、エリスの一行がノースシーロード王国へ向けて出発するという、賑やかかつ油断ならない顔ぶれでの訪問方針へと固まっていくのだった。




