魔の無限ループ
誕生日会の熱気が心地よい余韻となって残る、翌日の朝。
男爵邸のダイニングルームではなく、イチカは「ハンバーガーと言えば、あれも必要よね」と呟くと、まだ前日のサプライズの興奮が冷めやらぬといった様子のエリスを引き連れ、足取り軽く厨房へと向かった。
「お姉様、昨日あんなにご馳走を食べたのに、また何か新しいものを作るの?」
エリスは目をキラキラと輝かせ、期待に満ちた顔でイチカの裾を引っ張る。
厨房の仕込みを始めていた料理長のレイブンに「ちょっと厨房借りるわね」と声をかけると、返事を待つこともなくイチカはさっそく調理モードに入った。
まな板の上に置いたジャガイモを手際よく細長く均等に切り分けると、しっかりと水にさらしてから油の中へ放り込む。ジュワァと心地よい音を立てて揚がった黄金色のスティックを取り出し、熱いうちにサッと塩を振る。
――ハンバーガーの最強の相棒、『フライドポテト』の完成だ。
だが、イチカの手はそこで止まらなかった。
「これだけじゃ、ちょっと味気ないわね」
呟きながら、昨日の残りのボア肉を素早くミンチにし、つなぎのパン粉と牛乳とスパイスを混ぜ合わせを鉄板で手際よく焼き上げ、あの甘く濃厚な特製ソースをたっぷりと塗りつける。
さらに別のコンロでは、小さな丸い型を使って、ふっくらとしたミニパンケーキを次々と焼き上げていく。
これは、苺香の記憶に深く刻まれた、某有名ハンバーガーチェーンの「朝限定メニュー」だった。
当時はその甘じょっぱさと手軽さにどっぷりハマり、毎朝のようにそれを食べて会社に通っていた懐かしの味である。
香ばしいパティを小さなパンケーキでサンドすれば、あっという間に魅惑のモーニングプレートが形を成した。
「さあ、召し上がれ」
出来上がったばかりのフライドポテトと、甘じょっぱい特製サンドを、イチカはエリスとレイブンに差し出した。
「わあ……! パンケーキでお肉を挟んでる?」
物珍しそうにそれを手に取ったエリスが、一口かじりつく。
瞬間、甘いパンケーキの生地とスパイシーでジューシーなパティが口の中で混ざり合い、脳がとろけるような衝撃が走った。
「んっ……! 甘くて、しょっぱくて……すっごく美味しい!」
エリスは頬をリスのように膨らませて目を輝かせた。
その隣で、昨夜ハンバーガーの再現のために2日連続で徹夜の苦行を強いられたレイブンは、差し出されたフライドポテトとサンドを眺め、遠い目をして絶句していた。
「私が……全身全霊を懸け、2日も徹夜して必死に作り上げたあの難解な料理を……お嬢様は、こんなにあっさりと、朝食の片手間に……」
あまりの技術の圧倒的な差と、現代知識の底知れぬ恐ろしさに、レイブンはガクガクと打ち震えながら絶望の表情を浮かべる。
しかし、目の前にある香ばしい匂いの誘惑には勝てず、震える手でフライドポテトを一本摘まみ上げて口に運んだ。
「……っ! なんだこれは。ただの芋を揚げただけなのに、この塩気とカリッとした食感は……!」
外のカリッと感と中のホクホク感、そして絶妙な塩気。
そして、甘じょっぱいサンドを一口食べたあとに、すかさずフライドポテトを口に放り込む。
「お姉様……これ、しょっぱいのと甘いのが交互に来て、もう止まらなくなっちゃった……!」
エリスは完全に「無限ループ」の罠にハマり手が止まらない。
レイブンもまた、悔しさを滲ませながらも「くそっ、手が勝手に……!」と次々にポテトを口に運んでいく。
こうして、前世の記憶から召喚された魔性の朝食メニューにより、男爵邸の朝はさらなる美味の混乱に包まれるのだった。




