小さな女帝現る
ある日の午後。
男爵邸のひっそりとした厨房に、コソコソと集まった3人の影があった。
料理長のレイブンと経理のロベルト。
そして、この密談の主導権を完全に握っているのは――まだあどけなさが残る、9歳の妹のエリスだった。
「去年は、このムーツ領に来たばかりで生きるのに必死だったけれど……今は領地にも余裕ができたわ。だから、お姉様のお誕生日会を盛大にしましょう!」
エリスは小さな胸を張り、キリッとした表情で宣言した。
しかし、肝心のサプライズの中身については、こう続けた。
「というわけで、お姉様をあっと驚かせるような、見たこともない新しいメニューを考えてちょうだい」
見事なまでの丸投げである。
料理長であるレイブンは、わずかに冷や汗をにじませながら頭を抱えた。
「お嬢様……。私とて王都の有名店で修業を重ねてまいりましたが、その技術のほとんどは、すでに日々のお食事でお姉様――イチカ様に披露し尽くしております。今さら目新しい料理など、そう簡単には……」
レイブンが途方に暮れていると、傍らで腕を組んでいた。
そこに、経理のロベルトが、ふと思い出したように眼鏡を押し上げた。
「そういえば……先日、ノボリベッツ侯爵の護衛を務める男たちと顔合わせをした際、面白い話を聞いたな」
「ロベルト様、どんな話ですか!?」
レイブンが食い気味に詰め寄る。
ロベルトはクスリと笑い、ノースシーロード王国の辺境の街にある「ハッピーマジシャン」という風変わりな店で食べたという、奇妙な食べ物の話を語り始めた。
「なんでも、『ハンバーガー』とかいう代物だそうだ。
細かく刻んだ肉にスパイスを混ぜ合わせてひとまとめにし、鉄板で香ばしく焼き上げる。
それを、なんと丸いパンで挟んでガブッとかぶりつくらしい」
「なっ……肉をパンで挟むですって……!?」
レイブンが驚愕の声を上げる。
この世界の常識からすれば、肉は肉、パンはパンとして別々に食べるか、あるいはスープに浸すものだった。肉をパンに挟むなど、異端の極みである。
だが、エリスの瞳はキラリと輝いた。
「それ、すごくいいわ! お姉様が絶対に知らない未知の料理だもの、サプライズにはもってこいよ! ね、レイブン、作って!」
「いやいやお嬢様、そんな無茶な! 伝聞だけで味の再現など――」
助けを求めるようにロベルトを見るレイブンだったが、ロベルトも
「残念ながら、これ以上の詳しい調理法や味付けまでは聞いていない」と肩をすくめるばかりだった。
「イチカ様に相談するしかないと――」
「だめよ、レイブン! お姉様には絶対に内緒なんだから、本人に相談するわけにいかないでしょ?」
さらにエリスは、ロベルトにも恐ろしい注文を付け加えた。
「それにロベルトさん、厨房の食材を使うんだから、材料が少し減ってもお姉様に気付かれないように上手に帳尻を合わせてちょうだいね?」
「お嬢様、毎日イチカ様はその日の帳簿をチェックします。それは経理の私にとってもなかなかの高度な技ですが……まあ、なんとかいたしましょう」
極秘裏に、かつ予算の網をかいくぐりながらのレシピ開発。
しかも、肝心の本番であるお誕生日会までは、あと二日間しか残されていない。
「期限は明後日の誕生日までよ。さあ、今すぐ試作を開始して!」
エリスの容赦ない指令を受け、腕組みをした料理長レイブンと、頭を悩ませる経理のロベルトの試行錯誤と苦難の日々が、こうしてこっそり幕を開けたのだった。




