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ドーナツの穴

約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。



 駅前に、いつの間にか小さなドーナツ屋ができていた。


 看板には店名もなく、ただ白い文字で、


 ――本日のおすすめ。


 とだけ書かれている。


 仕事帰り、私は何気なく立ち寄った。


「こちら、人気なんですよ」


 店員が差し出したのは、奇妙なドーナツだった。


 見た目は普通のシュガードーナツなのに、中央にあるはずの穴がない。


「これ、ドーナツなんですか?」


「はい。特別なものです」


 値段は百円。


 安かったので、一つ買って帰った。


 家で半分に割る。


 中には何も入っていなかった。


 食べてみると、妙に懐かしい味がした。


 どこで食べた味なのか思い出せない。


 翌日。


 仕事から帰ると、テーブルの上に同じドーナツが置いてあった。


「買った覚えないんだけど……」


 母に聞いても、知らないと言う。


 気味が悪かったが、捨てるのももったいない。


 私はまた食べた。


 そして三日目。


 四日目。


 毎晩、同じ時間にドーナツが一つ置かれるようになった。


 ある夜、私は食べずに観察することにした。


 午後十一時五十九分。


 何も起こらない。


 午前零時。


 ――コトン。


 玄関から音がした。


 私は息を殺して廊下を覗いた。


 玄関には、誰もいない。


 ただ、靴箱の上にドーナツが一つ置かれている。


 私は恐る恐る近づいた。


 そこで初めて気づいた。


 ドーナツの表面に、小さな文字が刻まれている。


 私の名前だった。


 翌日から、ドーナツには名前だけでなく、短い文章が刻まれるようになった。


『今日は雨が降る』


『午後三時に電話が鳴る』


『帰り道、右を見ない』


 どれも当たった。


 そして七日目。


 ドーナツに刻まれていた文字を見て、私は凍りついた。


『明日、穴ができる』


 意味が分からなかった。


 翌朝。


 私は駅前のドーナツ屋へ向かった。


 店員に尋ねる。


「このドーナツ、いったい何なんですか?」


 店員は少し困った顔をした。


「お客様……まだ召し上がっていないんですか?」


「何を?」


 店員は私の後ろを指差した。


「穴ですよ」


 振り返る。


 店のガラスに映った自分の姿。


 そこには、私が立っていた。


 ただし――胸の中央に、大きな穴が開いていた。


 向こう側の景色が見えている。


 私は叫んだ。


 しかし、声は出なかった。


 店員が静かに言った。


「毎晩食べていただいたでしょう?」


「あなたの身体から、少しずつ中身をいただいていたんです」


 私は自分の胸を見た。


 穴は、昨日より確実に大きくなっている。


 店員は笑った。


「今日で完成です」


 その瞬間。


 私の身体の中央から、何かが落ちた。


 ――コトン。


 床に転がったのは、砂糖のまぶされた小さなドーナツだった。


 中央には、きれいな穴が開いていた。


 そしてその穴の中から、私の声がした。


「明日も、買いに来てね」

読んでいただき、ありがとうございました。

楽しんでいただけたら、感想や評価をいただけると今後の励みになります。

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