雨の向こう側
約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
その雨は、朝から一度も止まなかった。
天気予報では「記録的な大雨になるでしょう」と繰り返していたが、会社員の真司にとっては、ただ帰宅が面倒になる程度の話だった。
午後九時。
窓の外は、滝のような雨だった。
道路はすでに冠水し、街灯の明かりが水面に揺れている。
真司はスマートフォンで避難情報を確認した。
『大雨特別警報』
『河川の氾濫に厳重警戒』
だが、自宅は高台にある。
避難する必要はない。
そう思っていた。
午前一時。
突然、インターホンが鳴った。
こんな時間に?
真司はモニターを確認した。
玄関前には、誰もいない。
ただ、激しい雨が降っている。
気のせいかと思って寝室へ戻る。
すると――
ピンポーン。
また鳴った。
モニターを見る。
やはり誰もいない。
そのとき、画面の端に妙なものが映った。
玄関の前。
雨の中に、黒い影が立っている。
人間のようにも見える。
だが、頭が異様に大きかった。
真司は息を止めた。
もう一度見る。
影は消えていた。
安心して画面を切ろうとした、その瞬間。
モニターに文字が表示された。
『あと、三分』
意味が分からない。
すると、外から、
ザーッ……。
という雨音に混じって、何かを引きずる音が聞こえてきた。
玄関の前を、何かが歩いている。
ズル……ズル……。
真司は玄関から離れた。
そして気づいた。
玄関の下にある隙間から、水が入り込んでいる。
だが、おかしい。
外から流れ込んでいるはずなのに、水は玄関の内側へ向かってではなく――
家の奥へ向かって流れていた。
ズル……ズル……。
音が近づいてくる。
廊下の先。
暗闇の中に、水たまりができていた。
そこから、濡れた足跡が一つずつ伸びてくる。
玄関へ向かってではない。
真司の寝室へ。
「……誰だ?」
返事はない。
ただ、スマートフォンが震えた。
避難情報の通知だった。
『河川の氾濫により、周辺地域で多数の浸水被害が発生しています』
その下に、もう一つ通知がある。
『行方不明者情報』
写真が表示された。
真司は凍りついた。
そこに写っていたのは――
自分だった。
名前も年齢も住所も、すべて自分と一致している。
発見時刻は、午前一時三分。
真司は時計を見た。
午前一時ちょうど。
そして、寝室の窓ガラスに何かがぶつかった。
ドン。
雨ではない。
人間の手だった。
窓の外には、誰かが立っている。
ずぶ濡れの真司が。
窓越しに、自分を見つめながら笑っていた。
「早く開けろよ」
外の真司が口を動かす。
「もうすぐ、ここまで雨が来るから」
その瞬間。
家の中の水が、一気に膝まで増えた。
そして真司は理解した。
外にいる「あれ」は、自分を迎えに来たのではない。
自分が、外に出た後の姿なのだ。
読んでいただき、ありがとうございました。
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