最後の一粒
約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
そのチョコレートは、母の遺品の中から見つかった。
黒い箱に入った、高級そうなチョコレートだった。母が亡くなってから三年。冷蔵庫の奥にしまわれていたらしい。
箱の蓋には、手書きで一言だけ書かれていた。
『最後の一粒は、絶対に食べないこと』
意味が分からず、私は笑った。
母は昔から、こういう悪戯が好きだった。
その夜、私は一粒だけ食べた。
濃厚な甘さの後に、妙な鉄臭さが残った。
「……血?」
舌を噛んだのかと思ったが、傷はない。
気味が悪くなって、残りは冷蔵庫に戻した。
翌朝。
チョコレートが一粒、減っていた。
私は食べていない。
弟に聞いても「知らない」と言う。
不思議に思いながら箱を見ると、蓋の文字が変わっていた。
『あと、三粒』
背筋が凍った。
昨日は確かに、残りは六粒だった。
慌てて箱を閉じ、ゴミ袋に入れて捨てた。
その日の夜。
寝室の隣から、カリッ、カリッ、と音が聞こえた。
何かを噛んでいる音だった。
恐る恐る廊下に出る。
音は冷蔵庫の中から聞こえていた。
扉を開ける。
そこには、捨てたはずの黒い箱があった。
蓋が少し開いている。
そして中には、チョコレートが三粒。
その下に、紙が一枚敷かれていた。
『二粒』
私は箱ごと床に叩き落とした。
その瞬間、背後から声がした。
「お母さん、まだ一個あるよ」
弟だった。
「……何言ってるの?」
「ほら」
弟が指差したのは、私の口元。
「お姉ちゃん、さっきからチョコ食べてるじゃん」
私は慌てて口を押さえた。
指先に、黒いチョコレートがべったり付いていた。
でも、食べた記憶はない。
弟が笑う。
「あと一個だね」
その瞬間、冷蔵庫の中から声がした。
「違うよ」
母の声だった。
「最後の一粒は、食べちゃだめ」
私は振り返った。
そこには誰もいない。
ただ、床に落ちた黒い箱だけがあった。
箱の中には、一粒。
そして蓋には、新しい文字が浮かんでいた。
『最後の一粒は、もう食べたよ』
喉の奥から、甘い味が込み上げてきた。
同時に、腹の中で何かが、
カリッ、と噛んだ。
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