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鏡の中の予約客

約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。



その美容院には、少し変な噂があった。


「閉店間際に、誰もいない席の鏡を見ないほうがいい」


美容師の美咲は、そんな噂を新人の頃から聞いていた。


けれど、三年も働けば慣れてしまう。


その日も最後の客を見送り、店内の片付けをしていた。


時計は午後十時を回っている。


店には美咲一人。


掃除を終え、照明を落とそうとしたときだった。


「……すみません」


小さな声が聞こえた。


美咲は振り返った。


誰もいない。


入口の鍵も閉まっている。


気のせいだと思い、電気を消そうとした。


そのとき、鏡に人影が映った。


美咲の背後。


黒い長髪の女が、椅子に座っている。


「……っ」


驚いて振り返る。


やはり、誰もいない。


もう一度、鏡を見る。


女は消えていた。


美咲は急いで店を出ようとした。


しかし、入口へ向かう途中、妙なものに気づいた。


さっきまで何もなかった受付に、一枚の予約票が置かれている。


名前の欄には、


『ミサキ』


と書かれていた。


「……私?」


予約時間は、現在時刻。


そしてメニュー欄には、


『カット』


とだけ書かれている。


背後から、椅子を引く音がした。


ガタン。


美咲はゆっくり鏡を見る。


さっきの女が座っていた。


長い髪で顔は見えない。


そして、その女の前には誰もいないはずの美容師用の椅子。


女が鏡越しに、美咲を見ている。


いや。


よく見ると、女の手にはハサミが握られていた。


「……お客様」


女が言った。


「髪、切ってもらえますか?」


美咲は逃げようとした。


その瞬間、床に大量の髪の毛が落ちた。


黒い髪。


しかも、それは床から生えてくるように、どんどん増えていく。


足に絡みつき、動けなくなる。


女が立ち上がった。


鏡の中だけで。


現実の店内には、誰もいない。


それなのに、背後からハサミの音が聞こえた。


チョキン。


チョキン。


美咲の肩に、何かが触れた。


そして耳元で囁かれる。


「前のお客様の髪が、まだ残ってるんです」


翌朝。


店のシャッターを開けた店長は、床に倒れている美咲を発見した。


意識はあった。


ただ、髪がすべて切られていた。


根元から綺麗に。


そして、美咲は何度聞いても同じことしか言わなかった。


「鏡を……全部隠してください」


店長が不思議に思って鏡を見る。


そこには、店内にいる店長と美咲が映っていた。


そしてもう一人。


黒髪の女。


女は鏡の中から、ゆっくり笑った。


その手には、まだハサミが握られていた。


店長が恐る恐る振り返る。


当然、誰もいない。


再び鏡を見る。


女はいなくなっていた。


代わりに、予約票が一枚増えていた。


名前の欄には、


『店長』


と書かれていた。


予約時間は――


今夜、午後十時。


メニュー欄には、


『カット』


ではなく、


『顔剃り』


と書かれていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

楽しんでいただけたら、感想や評価をいただけると今後の励みになります。

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