内側から
約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
夜中の二時過ぎだった。
大学二年の真司は、レポートを提出し終えた帰り道、自宅までの近道として古い団地の横を歩いていた。
住宅街は静まり返り、街灯だけが頼りない光を落としている。
その時だった。
「……一階だけ、電気がついてる。」
築五十年は経っていそうな団地。ほとんどの部屋は真っ暗なのに、一番奥の一室だけ蛍光灯の白い光が漏れていた。
窓際には、人影が立っている。
女だった。
長い髪を垂らし、こちらを向いている。
こんな時間に、と思った瞬間。
カチッ。
団地の廊下の照明が消えた。
真っ暗だ。
数秒後、照明が点いた。
女は窓際から消えていた。
「……帰ろ。」
嫌な汗をかきながら足を速める。
その時、背後から。
コン。
団地の窓を叩く音がした。
コン。
コン。
コン。
振り返らない。
振り返ったら駄目だ。
本能がそう告げていた。
ようやくアパートへ戻り、鍵を閉める。
安心した途端、スマートフォンが震えた。
知らない番号からメッセージ。
『振り返らなかったね』
一瞬で血の気が引いた。
削除しようとしても消えない。
電源を切っても画面は点いたまま。
『でも、窓は見たよね』
その文字が送られた瞬間。
コン。
部屋の窓が鳴った。
真司は固まった。
二階だ。
外に立てる場所なんてない。
コン。
コン。
ゆっくりカーテンの隙間から影が伸びる。
外ではない。
影は、部屋の中にあった。
「……え?」
振り向く。
誰もいない。
安心しかけた、その時。
スマホに新しいメッセージ。
『後ろじゃない』
反射的に天井を見上げた。
いた。
天井に女が張りついていた。
髪が逆さに垂れ、目だけが真司を見ている。
「うわぁぁ!」
転びながら玄関へ走る。
ドアノブを回す。
開かない。
後ろから、ぺたん。
ぺたん。
裸足で歩く音。
近づいてくる。
鍵は開いている。
なのに扉だけが開かない。
スマホがまた震えた。
『見つけた』
その瞬間、玄関の覗き穴から女の目が覗いた。
内側から。
真司は悲鳴を上げた。
⸻
翌朝。
大学を無断欠席した真司を心配し、友人が部屋を訪ねた。
部屋は施錠されたままだった。
管理会社が合鍵で開けると、中には誰もいない。
家具も、財布も、スマートフォンも残されていた。
ただ一つ。
玄関の内側に、泥で濡れた裸足の足跡だけがあった。
外へ向かう足跡はない。
すべてが、部屋の奥へ向かって続いている。
押し入れの前で途切れていた。
管理会社の男性が押し入れを開ける。
中は空だった。
その夜。
男性のスマートフォンに、知らない番号から一通のメッセージが届く。
『押し入れ、開けたね』
その直後、部屋の隅から。
ぺたん。
と、裸足の音がした。
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