最後の乗客
約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
「終点、月見ヶ丘、月見ヶ丘です」
車内アナウンスで目を覚ました。
高校二年生の佐伯結衣は、部活帰りの電車で眠ってしまっていたらしい。時計は午後十一時四十八分。本来なら、とっくに家へ着いている時間だった。
降りたホームには誰もいない。街灯はあるのに、妙に暗い。スマホを見ると圏外だった。
「こんなことある?」
苦笑しながら改札を抜けると、見慣れたはずの駅前が違って見えた。コンビニは真っ暗で、自販機の明かりだけが青白く光っている。
そのとき、背後で声がした。
「……忘れ物」
振り返ると、制服姿の女子高生が立っていた。
同じ学校の制服。でも顔は前髪で隠れていて見えない。
「え? 私?」
返事はない。ただ細い指で電車を指差している。
慌ててバッグを確認するが、財布もスマホも入っている。
「何も忘れてないよ?」
そう言うと、少女はゆっくり首を横に振った。
「あなたじゃない」
次の瞬間、電車のドアが閉まり、無人の車両が音もなく走り去った。
ホームには誰もいなかったはずなのに。
結衣の背中を冷たい汗が流れる。
少女も、もう消えていた。
急いで家へ向かおうと歩き出す。
だが、何分歩いても景色が変わらない。
同じ電柱。
同じ自販機。
同じ「この先工事中」の看板。
まるで一本道を永遠に歩かされているようだった。
息を切らしながら振り返ると、百メートルほど後ろに、さっきの少女が立っていた。
少し近づいている。
結衣は走った。
角を曲がり、細い路地へ飛び込む。
そこでようやく見つけた公衆電話から家へ電話をかける。
「お願い……出て……!」
母が出た。
「もしもし! お母さん、駅から出られないの!」
だが返ってきた声は震えていた。
「……結衣?」
「うん!」
「そんなはずないの。結衣は三年前、電車の事故で亡くなったでしょう?」
頭が真っ白になった。
耳鳴りが止まらない。
受話器の向こうで母は泣いていた。
「毎日あなたを待ってるの……だから、もう帰ってこようとしないで……」
ツーッ……
電話は切れた。
結衣の制服の袖が、ゆっくりと灰になって崩れていく。
駅のホームで見た少女が、今度は目の前に立っていた。
前髪の隙間から見えた顔。
それは、鏡に映したような自分自身だった。
「忘れ物」
少女は微笑む。
「あなたが忘れたのは、死んだこと。」
その瞬間、結衣の記憶が一気によみがえる。
雨の日。
踏切。
イヤホンの音。
迫る電車。
母の叫び。
そして暗闇。
気づけば結衣は、最初のホームのベンチに座っていた。
遠くから終電が滑り込んでくる。
ドアが開く。
車内には制服姿の高校生が一人だけ眠っていた。
結衣は静かに立ち上がる。
その子の肩に手を伸ばし、小さく囁いた。
「……忘れ物。」
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