表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/26

脱水の音

約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

一人暮らしを始めて半年。会社員の健人は、築三十年のアパートで平凡な毎日を送っていた。


 ただ一つ、不思議なことがあった。


 洗濯機が、毎晩午前三時きっかりに動き出すのだ。


 もちろんタイマーは設定していない。コンセントを抜いても、一度だけ「ウィーン……」という低い駆動音が聞こえる。


 最初は気味が悪かったが、数秒で止まるので放っておいた。


 ある夜、音がいつまでも止まらなかった。


 脱水の激しい振動が部屋中に響く。


 恐る恐る洗面所へ向かうと、洗濯機の蓋がわずかに開いていた。


 中には洗濯物がない。


 なのに、水音だけが聞こえる。


 ちゃぷん。


 ちゃぷん。


 まるで誰かが中でゆっくり息をしているようだった。


 健人は蓋を閉めようと手を伸ばした。


 その瞬間、中から濡れた手が飛び出してきた。


 反射的に後ずさると、手は何事もなかったかのように引っ込み、洗濯機も止まった。


 翌朝、中を確認しても何もない。


 夢だったのかと思った。


 だが、その日から洗濯物が一枚ずつ消え始めた。


 靴下が片方。


 Tシャツが一枚。


 下着も。


 代わりに、見覚えのない古い子ども服が混じるようになった。


 泥で汚れ、小さな名前が薄く書かれている。


 『ユウ』


 誰だ。


 気味が悪くなった健人は管理会社へ連絡した。


 すると年配の担当者は少し黙り、


「……前の住人も同じことを言ってました」


 とだけ答えた。


 詳しく聞こうとすると電話は切れ、それ以降つながらなくなった。


 その夜。


 また午前三時。


 脱水の音が鳴る。


 今度は「ドン、ドン」と内側から叩く音が混じっていた。


 健人は逃げようと玄関へ向かった。


 しかしドアが開かない。


 振り返ると、洗濯機の蓋がゆっくり開いていた。


 中には真っ黒な水。


 その水面に、自分の顔が映る。


 いや、自分ではない。


 髪の長い女がこちらを見ていた。


 女は笑いながら言う。


「あと一枚。」


 その瞬間、健人の着ていたシャツが勝手に脱げ、水の中へ吸い込まれた。


 次は皮膚だった。


 腕の表面が布のようにめくれ、洗濯物みたいに丸まって中へ落ちていく。


 痛みはない。


 ただ、自分が少しずつ「衣類」になっていく感覚だけがあった。


 翌朝、部屋はもぬけの殻だった。


 洗濯機の中には、洗いたての白いワイシャツが一枚。


 胸元には赤い糸で、小さく名前が縫われている。


 ――ケント。


 数日後、その部屋に新しい住人が入居した。


 古い洗濯機はそのまま残されていた。


 夜中の三時。


 静かな部屋に、小さな電子音が響く。


 「洗濯を開始します。」

読んでいただき、ありがとうございました。

楽しんでいただけたら、感想や評価をいただけると今後の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ