赤い保留
約5分で読める短編ホラーです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
「今日こそ勝てる気がする。」
そう思ったのは、財布に残った最後の一万円札を握りしめた瞬間だった。
駅前の古びたパチンコ店『ニュー銀星』。店内はタバコの染みついた匂いと機械音で満ちている。何気なく空いていた一台に座ると、隣に白髪の老人がいた。
「その台は、当たるぞ。」
老人は画面を見たまま、小さく笑った。
最初は気にも留めなかった。しかし千円、二千円と入れた頃、突然画面に見慣れない演出が始まる。
真っ赤な鳥居。
黒い着物姿の女。
画面いっぱいに「ツギハ アナタ」と表示された。
こんな演出あったか?
その瞬間、大当たり。
驚くほど玉が出る。連チャンは止まらず、閉店までに二十万発近く積み上がった。
店員も首をかしげるほどだった。
換金を終え、店を出ると老人が入口に立っていた。
「勝ったな。」
「ええ、運が良かったです。」
老人はゆっくり首を振る。
「違う。あの台は勝ちを”借りる”台だ。」
意味が分からず笑うと、老人はそれ以上何も言わず夜の街へ消えた。
翌日。
職場で同僚が階段から転落し、大けがをした。
さらに翌日、弟が交通事故。
その次の日、母が突然倒れた。
偶然にしては続きすぎる。
帰宅してテレビをつけると、ニュースで事故現場が映る。その一瞬だけ画面の端に、あの黒い着物の女が立っていた。
気のせいだと思った。
だが夜中、財布の中を見ると、昨日換金したはずの札束がなくなっている。
代わりにパチンコ玉が一つだけ入っていた。
白く、冷たい玉。
翌日、気味が悪くなり『ニュー銀星』へ向かう。
だがそこには駐車場しかなかった。
近くのコンビニで尋ねると、店員は怪訝そうな顔をする。
「パチンコ店? ここ十年以上、何も建ってませんよ。」
背筋が凍った。
そんなはずはない。
昨日まで通っていた店なのに。
その夜、自宅で眠っていると、どこからか聞き慣れた音が響く。
ジャラジャラ……
パチンコ玉が流れる音。
目を開けると、寝室の床いっぱいに銀色の玉が転がっていた。
その向こうに、黒い着物の女が立っている。
「借りた勝ちは……返して。」
女が笑う。
次の瞬間、無数の玉が意思を持つように転がり始め、一斉にこちらへ飛び跳ねた。
頭、胸、顔。
硬い玉が雨のように叩きつけられる。
息ができない。
助けを呼ぼうとしても、口の中へ玉が流れ込み、声にならない。
最後に見えたのは、画面に映る赤い文字。
「大当たり 継続中」
翌朝、その部屋には誰もいなかった。
床には新品のパチンコ玉が一つだけ落ちていた。
数日後、別の街。
新しくオープンしたパチンコ店で、一人の青年が空席に腰を下ろす。
隣には白髪の老人が座っていた。
「その台は、当たるぞ。」
老人は、また小さく笑った。
読んでいただき、ありがとうございました。
楽しんでいただけたら、感想や評価をいただけると今後の励みになります。




