地下の魔術師
扉を開けて中に入ると懐かしい匂いがした。
一言でいうなら古本の匂いだ。
昔、本好きのおじいちゃんの家に行った時によく感じた匂いだ。
ただ、部屋の中がしっかりと見えるとおじいちゃんの家とはまるで違った。
いや、当たり前なんだけど。
本が床に重ねられて乱雑に積まれている。
そしてそんな本や何かの道具で混沌とした中からローブをきた女性の姿が少し見えた。
「あら、姫様。散らかってて申し訳有りません……あっ、もう時間でしたか?」
「はい。まあ、今更部屋についてはいいませんが時間のほうはもう少し気にしていただけると」
「地下にこもってると日の高さがわからないもので」
完全に生活習慣が狂ってるタイプだ。
しかも、この世界があたしの知ってるファンタジー系に近い世界なら電子時計とかもないんだもんね。
なにか工夫しないとすぐに時間がわからなくなりそう。
まあ、それは置いておいて大人って印象で、その人がしっかりと立ち上がると高身長の女性だった。
「その方が聖女様ですか?」
「はい。聖女のシロナ様です」
「ご挨拶遅れました。魔術師をしていますローズ・マークナルです」
ローズさんはそう言うと深く頭を下げてきた。
「えっと神崎白奈です。その、あたしのほうが年下ですし、もう少し気楽で大丈夫ですよ?」
「そうですか? ですが、私にも立場もありますので……では適度な距離感でやらせていただきます」
「それでお願いします」
正直なところこれ以上堅苦しい空気になると、あたしのメンタルが持たない。
というよりも緊張感で疲れ切ってしまう予感がする。
「では、改めてシロナさん。本日は聖女としてのお力の確認を行いたくてお呼びしました」
「わかるものなんですか? 今のところあたしは正直、自覚できてないんですが」
「はい。過去の聖女様にもこの世界に来た際に召喚時の何かで力を持った場合があるようです」
「……ちなみに、過去って何度ぐらいあったんですか?」
「……実際のところ一度に複数人召喚された事例もあるので、人数はいるのですが。回数だけでいうと片手で数えられるほどです」
単純に考えたら5回以内で多くても10回以内ってことかな。
まあ、それでも今の話を聞く感じだとあたしみたいに自覚が最初はない聖女もいたってことは朗報かもしれない。
聖女だからといって突然、危険な場所に投げ置かれるということはなさそう。
まあ、そもそもエミリアが聖女の召喚の責任を持っていそうな雰囲気があるから、元々無茶はさせなさそうだけど。
「確認であたしがすることって?」
「少し準備をしますのでお待ちください……というより、もしよければちょっと本を移動させるのだけ手伝っていただいてもよろしいでしょうか? 姫様も」
「はぁ……構わないけど。ローズは本当に片付けができないなら弟子でも助手でもいいからとるべきよ」
エミリアはため息をつきつつも、仕方がないって感じだ。
「深すぎる人付き合いは……向いていないみたいなので」
てへへといった感じでローズさんは笑ってる。
今のところは会話は通じる人って感じだけど、付き合いが長くなると駄目なところがみえちゃう人なのかな。
いや、さすがにこの考え方は失礼かな。
ひとまず、床に散らかっていたといえるような本をまとめて壁際に移動させて部屋の真ん中にスペースを作った。
残念ながら本棚なんてものは最初から用意されていないみたいで、この本も多分一時的に使ってるからここに置きっぱなしなだけで本来は書庫とかにあったのかな。
それから、今更だけど文字は読めるというか――あたしにはひらがなだったりカタカナだったりの日本語に見えている事に気がついた。
部屋で聖女についての本を読んでいた時に気がつくべきだったけど。
「では、えーと……机を用意してですね」
そういいながらローズさんは1つの机を中心まで移動させてその中心に台座を置いて更に水晶をのせた。
占いでもするのかな。
そのまま眺めているとチョークのようなもので水晶を中心に魔法陣みたいなものを机に書いていく。
そして、最後に台座の横に紙を一枚置いた。
「今更だけど……あ、いや……うーん」
「聖女様? 私で答えられることであればなんでもお聞きください」
これってこの世界からしたら常識だとしたら、変にあたしの世界のこと多く話すのは大丈夫なのかな。
どうにも、普段のあたしらしくないくらい慎重になってしまう。
「あたしの世界? だと簡単に手に入るんだけど。ここだとこういう紙って高価だったりするの? 常識的なことだったらごめん」
勝手なイメージだけど高価な場合もありそうだと思った。
「紙ですか? そうですね。今回使うこのように綺麗に整えられた上で魔力を通す紙はそこそこ高価になりますね。ですが、広義的に紙という話であれば誰でも買えるといえる値段のものもすでに出回っていますよ。お祖父様の時代にはかなり高価だったとは聞いたので、ここ数十年での話だとは思いますが」
「なるほど。ありがとう」
「いえ、些細なことでも気になったことがあれば是非!」
「う、うん」
何というかエミリアはこうして話していると、本当にお姫様というよりは可愛い女の子なんだよね。
そういえば、ローズとも話し方を考えると結構仲はいいのかな。
「姫様。準備ができましたので始めましょう」
「わかったわ。といっても、私は見守るしか出来ないのだけれど。聖女様こちらに」
エミリアに言われて机の近くまで移動する。
「では始めたいと思います。といっても難しいことは有りません。シロナさんにはこの水晶に触れていただければ」
そう言ってローズさんは水晶に視線を向けた。
「普通に触るだけでいいの?」
「はい。そうすると、シロナさんの……まあ魔力や色々なものに反応して紙に聖女様の力が書き出されるといったものになります」
「なるほど……」
色々なものって何?
いや、なんか怖いから聞かないでおこう。少なくともそれによって、あたしに害があるといったものではなさそうだし。
ここは二人を信じよう。
あたしはゆっくりと手を伸ばして水晶に手を触れた。
すると透明に澄んでいた水晶は淡く光りだした。




