6.もう一人のアマーリエ
「アマーリエ皇女殿下、今日もとても麗しいですわ……!」
庭園の温室に並べられたガーデンテーブルとティーカップ、ケーキスタンド。
椅子に座るのは皆同じ色のドレスを身にまとった令嬢たち。
「皆さんも素敵よ。今日はゆっくり楽しんでいってちょうだい」
アマーリエが城から去ってしばらくしないうちに、もう一人のアマーリエが始めたのはサロンだった。
「今日は皆さんに新しいメンバーを紹介しますわ。クレス伯爵家のマルガレーテさんよ」
「は、初めまして……! お招きいただきありがとうございます、皇女殿下。皆様と充実した時間を過ごせれば幸いです。どうぞよろしくお願いします」
緊張が顔に現れている、いかにも社交界に出たての令嬢の挨拶に、皆がにこやかに微笑み拍手をする。
そして、その彼女も同じ色のドレスを着ていた。
「マルガレーテさんも、皇女殿下のドレスが気に入ったのね」
「はい! 一目見た時から、本当に素敵で感激しました……!
「皇女殿下自らがデザインされたなんて、私もとても驚いたわ! その素晴らしい才能に今や社交界の皆が夢中よ」
お茶会やお喋り、刺繍や詩といった創作。
令嬢たちが集まり、淑女の嗜みをする為の集まりだが、アマーリエが人を集めたのはファッションという手法だ。
「皆さんありがとう。私のデザインを気に入ってくださってとても嬉しいわ」
アマーリエのルビーレッドの瞳を模した、独自のカラーに染めた布。
それで華やかに仕立てたドレスを作れば、途端に令嬢たちの間で評判になった。
近年は落ち着いた色合いが流行していたのもあって、アマーリエのデザインは目新しく見えたのだろう。
これまでアマーリエを馬鹿にしていた令嬢たちなどは品がないと笑っているようだが、社交界は大多数の意見が正義だ。
アマーリエが一声かければ、ドレスのデザインを気に入った令嬢たちが徐々に集まり、彼女たちに生地を与えそれで仕立てた衣装を身につけてもらうことでまた更に評判は広がっていく。
今や、アマーリエの仕立てたピンクのドレスから派生し、思い思いの装飾を加えたそれぞれの好みのアフタヌーンドレスとなっている。
(まさに、理想通りの光景ね)
今のアマーリエには、圧倒的に手駒が足りていない。
侯爵、伯爵から子爵家に至るまで身分を問わず令嬢たちを受け入れ、才能ある優秀なアマーリエの姿を広めてもらわねばならない。
「皇女殿下、先日殿下に教えていただいた刺繍が婚約者にとても好評でしたわ。とても喜んで頂けましたの、ありがとうございます」
「まあ、それは良かったわ。あなたは手先が器用で絶対に美しく仕上げられると信じていたもの。私だけじゃない、あなたの実力のおかげね」
アマーリエが微笑めば、令嬢は嬉しそうに声を上げてアマーリエの名を呼ぶ。
そして、アマーリエはタイミングよく仕掛け出す。
「私も、エリックにプレゼントしてみようかしら」
その言葉に、周囲の空気がぴしりと凍る。
「そ、そうですわね。きっと喜んでくださるでしょう……!」
令嬢たちが励ますように言うが、顔が引きつっている。
エリックとアマーリエの不仲は有名だ。
政略結婚での不仲などよくある話だが、皇女と公爵令息となると皆も迂闊に触れられないのだろう。
「いいのよ、気にしないで。エリックは、私の妹に夢中みたいだから……」
「皇女殿下……」
アマーリエは涙を拭うフリをする。
「ルイーゼ殿下は、一体何をお考えで……! こんなの、許せませんわ!」
「こら、駄目よそんなことを言っては」
「で、ですが!」
声を上げた令嬢が周囲から窘められるも、納得いっていない様子だ。
(そう……それでいいのよ、もっと私に同情しなさい。優しくて美しい皇女を苦しめる悪を、もっと憎むの)
アマーリエが内心ほくそ笑んでいることなど、誰も予想だにしないだろう。
「皆さん、心配してくださってありがとう。少し、相談があるのだけれど聞いてくれるかしら」
「ええもちろんですわ!」
「今度、エリックとお茶会をすることになったの。彼ともっと仲良くするために、皆さんに協力して欲しいことがあって——————」
アマーリエの言葉に、皆が真剣に耳を傾けている。
アマーリエへの同情と、恥知らずな二人への怒り、そさてゴシップへの好奇心。
彼女らの心理を、アマーリエはとても好ましく思っている。単純で分かりやすく、素直だからだ。
(きっと、素敵なお茶会になるでしょう)
アマーリエの計画はもうとっくに動き始めている。
手始めに、目障りな婚約者には退場してもらわねば。
サロンが終わり、令嬢たちが帰宅した頃。
「失礼致します。皇女殿下に、『あの方』のご様子をお知らせに参りました」
自室に戻り着替えた頃、頃合い良く侍女が書簡を持って現れる。
「ありがとう。無事にオルティシアに到着したようね」
「道中、とても楽しい旅を満喫されているご様子でした」
「ふうん。そう」
城から去ったアマーリエの様子が細かく記載された文章を一瞥する。
まさか彼女がオルティシアの侯爵リーヴェス・ネヴェルヴァルトと知り合い仲を深めるなど想定外の出来事だった。
幸いにもは秘密を暴露することはなかったが、その代わりに彼女を連れ去ってしまうとは。
目障りな男を排除するはずが、またべつの目障りな男が増えたと、アマーリエはため息をつく。
「あーあ、あの時私の命令通りにしていれば今頃穏やかに眠れたでしょうに。本当、お馬鹿な人」
「申し訳ありません。私を見て、あの方は刺客だと誤解なされたようで……」
「別にいいわよ。警戒心が強いのは悪いことじゃないもの」
二人の仲睦まじい様子などこれ以上見る気になれず、テーブルの上に置く。
「……大人しく従ってくれれば、私が守ってあげられたのにっていうだけよ」
他国の貴族と恋愛しようが、こちらのアマーリエには関係ない。
二人の運命の歯車は、とっくにこの手で動かしてしまったのだから。
その時、皇后付きの侍女がアマーリエの私室にやってくる。
「失礼します、皇后様が皇女殿下にお話があると」
「すぐに行くわ」
次女の言葉を遮り、素早く手紙をしまい込むと皇后の元へ向かう。
「皇后様は、近頃の皇女殿下の活動に大変お喜びでございます」
「まあ。お母様に喜んでいただけるなんて、夢のようだわ」
あくまで謙虚に喜んでみせる。
この時間、皇后はよく妹のルイーゼとお茶会をしているが、今日はアマーリエを呼んだということになる。
ルイーゼがどんな悔しい顔をしているのかを想像し、内心ほくそ笑みながら向かえば、予想通り皇后はティーセットと共に待っていた。
「アマーリエ、待っていたわ。貴女のために極東から取り寄せたお茶を用意したの。久しぶりに、母娘水入らずでお話しましょう」
「ありがとうございます、お母様。私も、お母様にお伝えしたいことがたくさんありますのよ」
にこりと微笑んで優雅に腰掛ける。
皇后が、単に褒めるだけで皇女を呼び出すはずがない。近頃のアマーリエの出来の良さの理由を探るつもりなのだろう。
(実の娘が入れ替わったことも気づけない貴女なんかに、『アマーリエ』の何が分かるのかしらね)
値踏みするような視線を隠そうともしない皇后が、父親の不倫相手の子どもを娘と思っていたなんて知ったら、どんな顔で発狂してくれるだろう。
アマーリエは愉快でたまらない内心を隠しながら、にこりと微笑んで話を始めた。




