5.オルティシアへ
「僕の屋敷で、家庭教師をして欲しいんです」
「家庭教師、ですか……!?」
いきなり何を言い出すのかと、アマーリエは驚くことしかできない。
「実は、僕には年の離れた弟がおりまして、その弟がものすごく困った子なんです」
苦笑いをしながらリーヴェスは説明する。
彼に弟がいるなんて初めて聞いた。
「事情があって親元から離れて育った子なのですが、マナーがなっていないどころか勉強もせず、わがままやいたずらばかりを繰り返してずいぶん手を焼かされてるんですよ」
「それで、家庭教師を……。しかし、私以外にも適任の方はいるのでは?」
「その適任の皆さんは、五人ほどもう既に辞めていかれましたね」
「え、えぇ……」
家庭教師が次々と辞めていく問題児を手懐けろ、というわけか。
この職業はあまりにもアマーリエの予想を外れていた。
「貴女は社交界での振る舞いを知り尽くしていますし、教養も完璧です。正直、貴女以上に質の高い教師を見つけるのは困難でしょうね」
「まあ、褒めすぎですよ」
「それに、今のアマーリエ嬢ならきっと彼に良い影響を与えてくれると思うんです」
「私が、ですか」
「ええ。今の貴女は、以前と違ってとても輝いています。自らを語る別人が現れるという苦境を、新しい人生を切り開く好機と捉え前を向いている。やはり貴女は、顔を上げている方が似合っている」
そんなに熱弁されると、さすがのアマーリエも照れてしまう。
「あ、ありがとうございます……!」
こんなことを言われたのは初めてだ。
どうやらリーヴェスは、アマーリエが思うよりもずっと饒舌な人だったらしい。
「で、ですが私が侯爵家へ行くことでご迷惑をおかけするのでは」
「ご迷惑はもう既に、弟に嫌という程かけられているので別に構いませんよ。それに、アマーリエ嬢を歓迎しないというのなら、アマーリエ嬢より教養のある素晴らしい人格者の家庭教師を見つけてこいと言うまでです」
そう言われて実行できるものはなかなかいないだろう。
リーヴェスはなんとしてでもアマーリエを招きたいようだ。
「ひとまず、来るだけ来てみてください。会わないと思ったのなら、オルティシアでの新しい職業を紹介します。自分で職業斡旋所に行くより、僕の紹介の方がよほど安全で真っ当な仕事を得られると思いますよ」
途中で投げ出すことはしたくないが、合わなかった場合でも他の仕事を紹介してもらえるのなら断る理由はない。
それに、こんなに気楽に過ごせる相手はリーヴェスが初めてだ。
一人旅も自由気ままで悪くないが、リーヴェスとの旅の方が楽しいように思える。
(これが、お友達というものなのかしら)
社交界も政治も関係のない間柄。
アマーリエがずっと欲しかった存在だ。
「分かりました。ひとまずそのお話、お受けさせていただきます」
アマーリエが頷けば、リーヴェスはほっと一息つく。
「ああ良かった。これで安心して家に帰れる。あの子がどんな顔をするのか楽しみですよ」
アマーリエにも妹がいるが、全く仲は良くなかった。
弟のことを語るリーヴェスがなんだか楽しそうに見えて、手を焼かされているなんて言っても、きっと仲良しなのだろうと察する。
「ご兄弟の仲はよろしいのですか?」
「いいえ」
アマーリエの予想に反して、リーヴェスは笑顔で首を横に振った。
「僕は奴に完全にナメられてますから、まるで言うことを聞きません。というか、この前僕が大切にしていた絵画に落書きをされて以降口をきいてません」
「え?」
「あまりに腹が立ったので。あ、同レベルとか言わないでくださいね」
リーヴェスはにこりと笑っているが、なんだか急激に雲行きが怪しくなってきた。
「年の離れたって、一体何歳なんです」
「八歳歳です」
「……すみません、ネヴェルヴァルト侯爵様はおいくつでしたかしら」
「二十六歳ですね」
「な、なるほど」
十八歳差など、親子並みの年の差ではないか。
思春期の気難しい少年のような姿を想像していたが、自身の考えが甘かったことを痛感した。
それに、両親の元を離れて育ったというところ事情もなんだか気になる。どうも深い理由がありそうなところだが、突っ込んで良いのか分からない。
「ま、会えば色々と分かりますよ」
その様子を見て、リーヴェスが再び苦笑いを浮かべる。
ともあれ、アマーリエの新天地は決定したのだからあとはオルティシアに向かうだけだ。
二人は外のパレードの喧騒などすっかり忘れて、これからの旅程について話し込みだした。




