4.いらないもの
「実は、ここへは父の形見を探しに来たんです。古い懐中時計なんですけど、昔父がどこかで落としたようで。すっかり諦めていたのですが、先日エレストーレの骨董品店で似たようなものを見かけたと知人から連絡を貰ったもので」
「そうだったのですか。見つかりましたか?」
「いえ、残念ながら別物でした。でもまあ、デザインは気に入ったので買ってしまったのですがね。それに、時計を探しに来たおかげでこうして貴女と出会えた」
キザっぽい台詞を平気で言う。アマーリエは、こんな男性は初めてだった。
「お上手ですのね」
「お褒めに預かり光栄です」
リーヴェスはくすりと笑う。
「ではなぜ、形見を探すのにこの宿へ?」
「単純に、上流階級向けのホテルは疲れるからですよ。僕自身は、あまり社交が好きではないのでね。こうして、実業家の青年のフリでもして下町を歩いている方が性に合っている」
確かに、リーヴェスはエレストーレに滞在していた時も大して会話をしなかった。
あくまで自分は付き添い、というような顔をしていたのを思い出す。
「さっき話していた青年たちは、ここに来て初めて顔を合わせたんです。もちろん高級な宿も悪くはありませんが、カフェや庶民向けの方が、色々と世論を聞けますからよく来るんですよ。せっかくの旅なんですから、気楽に過ごしたいんです」
「なるほど、そういうことでしたか」
それでわざわざ供もつけずに一人で宿泊していたと。
物好きなことをするものだが、貴族の中にも時折そういう人はいる。
「貴族社会なんて疲れることばかりです。貴女もそれは良くお分かりでしょう?」
「ええ、そうですね」
こうして、身分を脱ぎ捨てリーヴェスと会話をしていて感じるのだ。
これほど気楽な時間は、一体いつぶりだっただろうかと。
「しかしやはり、女性の一人旅には不向きでしょう。城へはいつ頃お帰りになるのですか? よければ送りますよ」
「いえ、それには及びません。私はもう、あの場所へは帰りませんから」
「ほう。それはまたどういう……」
「明日のパレードを見れば、きっと全てを理解しますわ」
誕生祝いのパレードで、華やかに着飾り民衆に手を振るもう一人のアマーリエを見れば、きっとリーヴェスもエリックのように彼女に夢中になるだろう。
リーヴェスが何か言いたげな顔をしているのにも気づかないまま、アマーリエは口を閉ざした。
が、その翌朝のことだ。
「ああ、本当に貴女が二人います。これは凄い」
翌日、なぜかアマーリエの部屋を再び訪れた侯爵は窓から大通りの様子を眺めてそう言った。
「そ、それだけですか……?」
「あれは皇女殿下の替え玉なんでしょう? 影武者ってやつですね」
はははと笑っている。
大通りでは飾り付けられた馬車が歓声と共に進み、もう一人のアマーリエとその隣でエリックが民衆に手を振っている。
いつものアマーリエとは違い、輝くような笑顔で微笑む皇女に対し、人々は美しいと声を上げて彼女の生誕を祝っていた。
エリックも、つい一昨日までアマーリエを毛嫌いしていたのに、今ではぴったりと寄り添いあっている。
「ええと、少し違うと言いますか……あの、あそこで手を振っている彼女こそが本物の皇女なんです」
「はい?」
「すみません、何を言っているのか全然分からないですよね。でも、本当のアマーリエは彼女らしいんです」
アマーリエも自分自身で無茶苦茶な話をしていることは分かっていた。
「私は、皇后の侍女の娘だったんです。その方が皇后に嫉妬して、私と彼女を入れ替えてしまったとのことで……昨日まで私は皇女のふりをして生きてきたただの偽物なのですよ」
「はあ。それじゃ、彼女はいきなり本物の皇女は自分だと言って現れたと?」
「はい。でもエリックも、皇帝夫妻も、誰も彼女が私ではないと気付きませんでした」
「なんと。そんなことが」
リーヴェスは眉を寄せてもう一度大通りのアマーリエを見る。
さすがに、皇帝の不倫相手の娘とまでは言えなかった。
相変わらず誰もが彼女を皇女と信じて疑っていない。
「笑っちゃいますよね、こんな馬鹿げた話」
「正式な裁判は開かないのですか。一方的な主張で、貴女が身分を捨てる必要など」
「いいんです。私、皇女を辞めたかったので」
「……な」
吹っ切れたように笑顔で答えるアマーリエに、リーヴェスは言葉を失う。
「だって、私に意地悪な婚約者も、私を嫌う家族も、執着する必要がどこにあると言うのですか? 私がいらないものを彼女が欲しがったから、全部あげただけなんです。だから、真偽なんてもうどうだっていいんです」
リーヴェスはしばらく深く考え込むように黙ったあと、ようやく口を開いた。
「エレストーレ王家はあまりにも貴女を蔑ろにしすぎましたね」
一段と声が低く険しい。
「覚えておいでですか。三年前の建国記念の宴席に、私はオルティシア王族の付き添いとして出席していました。その時、貴女は婚約者の彼とともに現れましたね」
「懐かしいです。あの頃のエリックは、今よりも人目を気にせず私を疎んでいましたからね。ずいぶんみっともない姿をお見せしてしまった覚えがあります」
三年前の建国祭では、ひどい騒動に巻き込まれた。
アマーリエの妹が、なぜかアマーリエと同じデザインのドレスを着て現れ、こともあろうにアマーリエに真似されたのだと泣かれたのだ。
エリックからは幼い妹に対して配慮がないと怒鳴られ、皇帝と皇后からは客の前で妹に恥をかかせたとひどく叱られた。
仕方なしにすぐにアマーリエは着替えさせられたが、エリックのエスコートはなく、質素な色合いのドレスを身にまとい一人懸命に社交に励むことになってしまった。
一体誰の仕業でこうなったのかは分からずじまいだったが、アマーリエの評判は確実に悪くなったと言える一件だった。
「いいえ。むしろ、貴女に辛く当たる彼も、それを咎めない皇族がたも、ずいぶんと冷たいのだと驚かされましたよ。こんなに健気なひとを虐めて、どこが面白いのかと言ってやりたかった」
そんなことを言ってもらえるとは思いもよらず、アマーリエは驚いた。
「そういえば、あの時ネヴェルヴァルト侯爵様は妹の婚約者候補として名前が挙がっていましたわね」
「はい。もちろんお断りさせていただきました。実の姉に対してあんな分かりやすい嫌がらせをするお方など、僕の身に余るお相手ですからね」
「まあ。リーヴェス様ったら」
「これでも数年前まで宮廷社会を生き抜いて来ましたから。人を見る目はちゃんと養ってますよ」
冗談交じりにそう言うが、妹との婚約話がすぐに立ち消えたのも本当のことだ。
妹はずいぶん不服そうにしていたが、エリックに慰めてもらってすぐに機嫌を直していたのを覚えている。
「でも、こうしてまたネヴェルヴァルト侯爵様にお会いできるとは思いませんでした」
「僕もです。皇女殿下……いえ、アマーリエ嬢はこの後どちらに向かわれるつもりですか?」
「港で船に乗って、できるだけ皇都から遠く離れた街へ行こうと思います。陸路では時間がかかりますから。以前、公務で訪れた街でいくつか気に入ったものがあるので、そのあたりに向かおうかと」
「なるほど……」
オルティシアにも、どこか良い街はあるかとリーヴェスに聞こうとしたその時だ。
「これで決心が付きました。でしたらアマーリエ嬢、僕と一緒にオルティシアへ来ませんか?」
「……え?」




