2.私の居場所
「な、何を言って……」
「気づかなかった? 家族の中で自分だけ愛されていないのは、どうしてなのか。どれだけ努力をしても、皇女の威厳も風格も得られないのは何故なのか……教えてあげる。それはね、あなたは最初から皇女なんかじゃなかったのよ!」
確かに、彼女の言う通りだ。
皇帝夫妻はアマーリエを厳しく躾けたが、期待通りにならなかったと落胆ばかりされる。
王太子のフリードと比べて教養や品格に欠け、妹の第二皇女ルイーゼのような可愛げもないとため息をつかれてばかり。
その妹からも、婚約者から嫌われていることで笑われ馬鹿にされている。
皇女の品格が足りないと、何度も何度も教師に鞭打たれ怒鳴られ続けたのに、アマーリエは皆が求める完璧な皇女にはなれなかった。
(私は、皇女じゃない……?)
ドクン、と心臓が跳ねる。
普段なら、こんな荒唐無稽な話は絶対に信じなかっただろう。
だが、アマーリエは見てしまったのだ。
婚約者に愛され、自信に満ち溢れた理想通りの自分の姿を。
「本当のことを教えてあげる。あなたは皇后の侍女の娘で、私は皇后の娘だった。けれど皇后に嫉妬した侍女が、あなたと私をすり替えた。あなたは私の全てを奪いこの城で優雅に暮らしてきたのよ!」
「な、なんですって……!」
「あなたは偽物、私の地位を奪ってのうのうとこの城で暮らしてきた偽物の皇女なの! あなたに奪われた全て、今ここで取り返させてもらうわ」
本物の皇女のように、彼女は美しく微笑む。
きっとこの場面を見れば、国民の誰もが彼女の方を本物だと思うだろう。
「私は優しいから、偽物のあなたには慈悲をあげる。裁判にかけられたくなかったら、今すぐ城を出ていきなさい。そうすれば、二十年間私の地位を奪った罪を許してあげる」
「へ、陛下が、あなたを許さないわ……!」
「何を言っているの? お父様もお母様も、私を娘として接してくださったわ。それに、今日のダンスはいつもよりも上手でとても素晴らしかったと褒めていただいたのよ」
「……っ!」
あまりに衝撃だった。
両親から褒められたことなんて、アマーリエは一度もなかった。
アマーリエが周囲の視線に耐えかねて退出している間に入れ替わり、何食わぬ顔で踊っていたのだろう。
(お父様もお母様も、彼女を娘として認めた……?)
エリックや彼の従者なら、別人であることに気づかれなくても仕方がないと思っていた。
だが、血の繋がった家族なのに、他人に入れ替わったことにも気づかれないどころか賞賛されるなど信じたくなかった。
しかし、まだ不可解な点は残っている。
「で、では……どうして、あなたと私の顔はこんなに似ているの……?」
アマーリエが恐る恐る聞けば、彼女は笑う。
「ふふっ、温室育ちのお姫様には分からないかしら? 同じ時期に同じ場所で生まれた、顔のよく似た人間……そして、片方は世間から知られてはいけない存在。これが何を意味するのか」
「ま、まさか……!」
「あなたと私の父親は、同じだってことよ……! アハハハハッ! あなたの父親は妻の妊娠中に侍女に手を出したの! だから、捨てられた侍女は皇后を許せず私達を入れ替えた! 皇帝は自分が捨てたはずの娘だなんてこと知らずに、今日まで呑気にあなたを生かし続けたのよ!」
「っ!」
そんなはずはないと。
そのような虚言は不敬だと、きっぱり言い返して衛兵を呼ばなければならない。
頭では分かっているのに、口は動かなかった。
なぜなら、アマーリエと目の前の彼女は、血縁が否定できないほどに似ているからだ。
(これが本当だとしたら、お父様とお母様にとっての私は……!)
身勝手に捨てたはずの疎ましい存在。
夫の不倫で産まれた憎むべき存在。
二人が自分を蔑む様を想像して、アマーリエは真っ青になる。このようなスキャンダルが発覚する前に、アマーリエの存在はもみ消される。文字通り、命そのものを。
(どうして……どうしてこんな……!)
こんな理由で、自分が長年苦しんで悩んできたのかと。
そして、この先の人生を失うのかと思うと、アマーリエの胸の中に絶望だけでは無いもうひとつの感情がふつふつと湧き上がる。
(私は今まで、なぜこんな人達に認めてもらいたいなんて……)
立派であれ、気高くあれと冷たく言い放つその人こそ、誰よりも身勝手で穢らわしい人だった。
アマーリエは、今まで自分が皇帝夫妻に認められたいと願っていたのがこんなに馬鹿らしいと思う日が来るなんて考えてもみなかった。
「城の外に馬車を待機させてあるわ。あなたにはしばらくの間、皇都から遠く離れた田舎にいてもらうわよ。皇女を騙る偽物としてギロチンにかけられるか、私の指示通り隠れて暮らすか。好きな方を選びなさい」
彼女はアマーリエの狼狽える様子を見て、勝利を確信したのだろう。
しかし、もはやアマーリエにとって皇女の地位などどうでもよかった。
この胸に湧き上がる感情は、失望だ。
「……あなたの言う通りにすれば、私はここを出て行けるの?」
「そうだと言っているでしょう」
もう、ここにはいたくない。
(お父様もお母様も、エリックも……何が皇室の品格よ……!)
目の前では、同じ顔をした女性が、アマーリエとはかけ離れた気品溢れる微笑みを浮かべている。
もう、彼女に全て渡してしまおう。何もかもに嫌気がさしたアマーリエは、一刻も早くこの城から出て行きたかった。
「分かりました。皇女の地位を、全てあなたに譲りましょう」
たとえ皇帝の不倫も、すり替えられた二人の娘も嘘だったとしても、皆が認めたのは目の前にいるもう一人のアマーリエだ。
だったら、その通りにしてあげればいい。
(もう、うんざりだわ……!)
「ふふ、あなたならそう言ってくれると思っていたわ……!」
彼女は嬉しそうに笑っている。
その笑い声すら、アマーリエの耳には届かなかった。
(これは、私に与えられた唯一の救いなのよ)
もう一人のアマーリエは、アマーリエを騙してやり込めたつもりでいるのだろう。
だが、これはアマーリエにとっての好機だ。
自分に冷たい婚約者も身勝手な家族も、欲しいのならば全て譲ろう。
これ以上、一秒だって自分の人生を好きにさせたくはなかった。
そうしてアマーリエは、全てを捨てて新しい人生を始めるのだ。
手早く荷物をまとめ、地味な色のローブを羽織る。
招待客に紛れて城門を潜り、少し歩いて彼女の指定した場所へ向うと馬車があった。
これに乗れば、彼女が言う屋敷に連れていかれるのだろう。
「お待ちしておりました」
御者は恭しく礼をするが、その目つきは冷ややかだ。
アマーリエはすぐに察する。やはり彼女が自分を生かすはずがない。
皇女の地位を奪いたいのなら、アマーリエが生きていては都合が悪いだろう。
(冗談じゃない。私はもうこれ以上、誰の思い通りになんてならないわ……!)
大人しく馬車に乗り込むフリをして、そのまま逃げてしまおう。
「あなたが自分の居場所を取り戻しにきたのなら、私も私の居場所を取り戻すわ……!」
アマーリエはそのまま踵を返し、逃げ出していく。
御者はまさかアマーリエが逃げるとは思わなかったようで、慌てて追いかけようとする。
もちろんアマーリエはわざと馬車が追って来られないような狭い道へと走り、街中へと駆けていった。
皇女が人前で走るなんてこと、絶対に許されない行為だった。
それでもアマーリエはなりふり構わず逃げていく。
そうして、皇女アマーリエは城から姿を消した。




