1.もう一人の私
婚約者が、私の姿をした私ではない誰かとキスをしていた。
「アマーリエ、今日の君はどうしたんだ? まるで昨日とは別人のように素敵じゃないか……!」
「まあ、エリックったら。私はいつも通りです。エリックが、ようやく私の本当の姿に気づいてくださっただけのことですわ」
「ああ、アマーリエ。君の微笑みがこんなに美しいなんて、どうして僕は今まで気づかなかったんだろう……」
「っ、エリック……!」
異変に気づいたのは、月明かりに照らされた薔薇園の中、東屋にいるエリックの姿を見つけ駆け寄ろうとした時だ。
今日の舞踏会は、アマーリエの生誕記念のものだった。
にも関わらずエリックはいつものごとくアマーリエを義務的にエスコートし、一度踊った途端すぐに姿を消してしまった。
また別の令嬢と逢い引きしているのだろう。
半ば諦め気味にエリックの姿を探せば、予想通り彼は別の女性と一緒にいた。
問題は、その女性がアマーリエと瓜二つの容姿をしていることだ。
腰まで届く長い髪にルビーレッドの瞳、そしてアマーリエが身につけているものと全く同じデザインのドレス。
髪色や髪型が同じになることは偶然有り得るかもしれない。
だが、ドレスはオーダーメイドで仕立ててもらったもので市場には流通していないものだ。
それが、どうしてアマーリエと同じ格好をしているのだろう。
それだけではない。
(彼、今……彼女のことを、『アマーリエ』と呼んだ?)
そして、昨日までのアマーリエとはまるで違うとも。
当然だ。本物のアマーリエはここにいる。エリックの前にいるのは正真正銘の別人。
だが物陰に隠れ呆然とするアマーリエの前で、二人は何度もキスを交わしながら熱く抱擁している。
アマーリエはエリックと一度もキスをしたことはなかった。
それどころか、触れることすら厭わしいとばかりに手を繋ぐことすらしたことはない。
アマーリエとエリックは幼少期から決められた許嫁だった。
エレストーレ皇国第一皇女アマーリエと、その許嫁である公爵令息エリックの不仲は社交界では誰もが知る公然の話だと言えよう。
エリックは親の決めた結婚を嫌がり、さらにはアマーリエを皇女に相応しい品格もない地味でつまらない根暗な女だと酷評している。
幼い頃はまだ仲が良かったが、成長するにつれてエリックはアマーリエを毛嫌いするようになり、今では最低限義務としての振る舞いしかしない。
(そう……今日だってエリックは私の手を跳ね除けて去っていってしまった。それなのに、これはどういうこと?)
アマーリエはふと、『世の中には自分と同じ顔をした人間が三人いる』という噂話を思い出した。
ということは、アマーリエを名乗りエリックと抱擁している彼女はそのうちの一人なのだろうか。
「アマーリエ。今まで君に辛く当たってしまい、すまなかった」
「良いのですよ、エリック。私の心は、いつだって貴女のものですから」
「アマーリエ……!」
アマーリエと同じ顔、同じ声で彼女はエリックに囁く。
見たこともないエリックの甘い声に、アマーリエは呆然としてしまった。
そこへ、向こうから別の足音が近づいてくる。
エリックが連れていた従者だ。
「エリック様。そろそろお時間です」
「チッ、皇女殿下との時間を邪魔しないでくれ。下がっていろ」
「あら、そんなに怒らないで。お忙しい中時間を作って会いに来てくださっただけで私は十分幸せですわ」
「アマーリエ、君はなんて謙虚なんだ……! 必ずまた会いに来る。君に頼まれた件も、必ず」
「ええ。約束ですわ」
「最後に改めて。誕生日おめでとう、アマーリエ」
「ありがとう、エリック」
二人は言葉を交わし合うと、最後にもう一度キスをして別れていく。
エリックの後を追う従者の彼は、アマーリエを名乗る彼女に頭を下げて去っていった。彼にも彼女がアマーリエに見えているらしい。
彼らの姿が消えてから、くつくつと喉を鳴らして彼女が笑いだした。
「あーあ、おかしいったらないわね。由緒正しい公爵令息が聞いて呆れるわ」
彼女は笑いながらそう吐き捨てると、ハンカチで口元を拭う。
(どういうこと……!?)
まるで汚らわしいものでも触れたかのような態度だ。
「こそこそ覗いていないで出てきたら? 偽物さん」
「っ……!?」
突然声をかけられて、アマーリエは思わず後ずさる。
最初から、アマーリエが見ているのに気づいていたのか。
アマーリエは恐る恐る、物陰から出ていった。
ゆっくりと彼女に近づいていく。見れば見るほど、鏡写しのように自分にそっくり。だけど、その顔は自分と違って自信に満ち溢れている。
「あなたは、誰なの……!」
アマーリエは震える声で問いかける。彼女は堂々と答えた。
「私は私。アマーリエ・フォン・エレストーレ。この国の皇女よ」
「……!?」
「あなたは本物の皇女じゃない。あなたは私に成り代わった偽物なのよ!」




