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二人の時〜王書外伝〜  作者: ヨシザネ


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中編

 ザッハークの心に芽生えた微かな光はゆっくりと、確実に彼の治世に変化をもたらし始めました。彼は以前ほど衝動的に怒りを爆発させなくなり、些細なことで罪なき人々を罰することも減っていきました。宮殿の雰囲気は以前の張り詰めた恐怖から、わずかながらも安堵の空気に変わっていきます。これはシャフルナーズの存在なくしてはありえませんでした。


 シャフルナーズは、ザッハークが自分の言葉に耳を傾けるようになったことに気づき、彼に故郷の民の苦しみや、平和な統治の重要性を静かに説きました。彼女の言葉は、ザッハークの胸に巻きついた邪悪な蛇の囁きとせめぎ合い、その呪いを弱めていくかのようでした。夜な夜なシャフルナーズの部屋を訪れ、ただ彼女の隣に座るか、時には肩に手をかけ、また時にはまろやかな膝枕に頭を沈ませ、より親密に彼女の静穏な声を聞く時間が増えていきました。ザッハークの荒んだ心は、シャフルナーズの清らかな輝きによって少しずつ癒されていったのです。


 ところがザッハークの胸に宿る邪悪な蛇は、彼が善き心を取り戻し始めることを黙って見過ごしませんでした。蛇はザッハークの夢の中に現れ、彼の耳元で囁きかけます。


「お前は弱くなった。あの女はお前の力を奪い、お前を破滅に導くだろう」


 蛇の声は、ザッハークの心に疑念と恐怖の種を蒔き続けました。彼はシャフルナーズへの愛と、内なる闇とのあいだで葛藤を深めていきます。


 ある日、ザッハークはシャフルナーズの提案を受け入れ、長らく課していた重税を軽減し、不当に囚えていた一部の民を解放することを決めました。この決定は民のあいだにわずかな希望を生む一方で、ザッハークの暴虐な支配に慣れ親しんだ一部の忠臣たちからは反発の声が上がります。彼らはシャフルナーズを「魔女」とそしり、ザッハークを惑わしていると噂を広め始めました。


 シャフルナーズを守るために彼らを罰することもできましたが、ザッハークは心の奥底では忠臣たちの言葉に、邪悪な蛇の音が重なるのを感じていました。彼の心は再び揺れ動き始めます。シャフルナーズはザッハークが抱える葛藤を察し、彼のそばで静かに寄り添い続けました。彼女は彼が決して一人ではないことを、その行動で示そうとしたのです。


 二人の関係は、単なる支配者と囚われの妃という枠を超え、互いの弱さを知り、支え合おうとする複雑な絆へと発展していました。けれどもザッハークが抱える心の闇と、それに付け入ろうとする悪意が二人の前途に暗い影を落とそうとしていました。


 ザッハークの治世に変化の兆しが見え始めた頃、宮廷の奥深くでは宰相カシュヤルを中心とした忠臣たちの不満がくすぶっていました。彼らにとって、ザッハークの暴虐な支配は権力の基盤でした。重税と恐怖による支配は民を抑圧するだけでなく、カシュヤルやその一派に莫大な富と政治的利益をもたらしていたのです。ザッハークがシャフルナーズの言葉に耳を傾け、重税を軽減し、不当に囚えた民を解放するたびに、彼らの財源は縮小し、支配の正当性が揺らぎ始めていました。カシュヤルは、シャフルナーズの存在が自らの地位を脅かすだけでなく、帝国そのものを弱体化させると確信していました。彼の目には、彼女は魔女どころか帝国の秩序を崩す危険な大厄災でした。カシュヤルは夜ごと同志たちと密室で策を練りました。


「王は変わった。あの女の影響で、かつての強大なザッハークは影を潜めている。我々の富と権力は、王の鉄の拳に支えられている。シャフルナーズを排除し、王を元の道に戻さねば、帝国は反乱分子に飲み込まれるだろう」


 忠臣たちの反発にはもう一つの理由がありました。ザッハークの善政は民のあいだに希望を芽生えさせただけにとどまらず、より多くの要求を生みました。現状への新たな不満は反乱の火種を灯していました。特に、かつてシャフルナーズの故郷を治めた王家の血を引く若き英雄フェリードゥーンが、民の不満を束ね、ザッハークの帝国に立ち向かう準備を進めていました。カシュヤルは、フェリードゥーンの存在を察知していましたが、それを王に告げる代わりに、シャフルナーズをスケープゴートとして利用する計画を立てました。「彼女が民を扇動し、反逆者を招いている」と吹聴すれば、ザッハークの疑念を煽り、彼女を排除できると考えたのでした。


+++


 はかりごとが密かに進む中、シャフルナーズは夜の静寂に包まれた部屋で故郷からの手紙を手にしていました。そこには解放された民の感謝と、フェリードゥーンの名が記されていました。


「我々の王子は、あなたの勇気が民の心に火を灯したと語っている。重税は軽減されたが、過去の傷は癒えず、ザッハークの帝国への怒りが再び燃え上がっている」


 彼女は手紙を握りしめ、窓辺に立ちました。星空を見上げる彼女の心は揺れます。ザッハークの善政は確かに一部の民に希望を与えました。けれど、その希望は抑圧の記憶を呼び覚まし、かつての自由を求める声を強くしていました。故郷の人々のあいだには、彼女が王妃としてザッハークに善き影響を与えていることに感謝しつつも、完全な自由を取り戻すためには、帝国そのものを倒さねばならないと考える者たちが増えていました。フェリードゥーンはその声を束ね、反乱の旗を掲げていました。


「希望を与えられた人間は、より多くを望むものなのでしょうか。わたくしが灯した小さな火は、彼を温める灯火ではなく、帝国を焼き払う燎原の火となってしまうのですか?」


 弱気になる心を、シャフルナーズは振り払います。それは、敵がつけ入る隙となるからです。大事なのはザッハークと手を取り合い、信じた正義を掲げ続けることです。それには遅かれ早かれ、フェリードゥーンの手も借りることになるでしょう。その前に、まずはザッハークを納得させ、完全に引き込まねばなりません。

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