第487話
次の日、またいつものように覗き見しようとした。
「な、なにこれ……」
鈴の部屋を覗き見したはずなのに、そこは焼け野原となっていた。
「え、火事でも起きた? みんなは?」
周辺を覗き見してみても、誰も居ない。なにも残っていない。焼死体も残っていないから、秘書は少しだけ安堵した。ただ、火事にしてはほぼなにも残らず燃え尽きていることが気になった。
「鉄が溶けてる……」
溶けているといっても、グニャリと溶けた程度ではない。極一部が残っているだけで、その殆どは蒸発してしまって無くなっている。
「もしかして……」
秘書は最悪の結果を想像してしまった。それを否定するように首を振った。ただ、複製体が関わっているとみて間違いない、と確信した。
なら探すのは簡単だ。簡単だが、不可能に近い。簡単だというのは、鈴と繋がって検索すればいいからだ。不可能なのは、そうすると自分も複製体のようになる可能性が高いからだ。
そうなってしまえば鈴を元に戻すことも叶わないだろう。いや、もう既に手遅れなのかも知れない。
「ん? なにあれ」
辺り一面焼け野原なのにも関わらず、真新しい立て札が立っているのが見えた。
[男は殺した。女を返してほしければ助けに来い]
恐らくは自分に当てたメッセージだろう、と秘書は思った。贈り主は当然複製体の内の一人。
「男は殺した? まさかアンゼルさんのこと?!」
他に男と言われて思い当たる節がない。教団に男が一人というわけではないが、わざわざ書くのだから司教のことだろうと思った。
となると女は司祭の誰か……
しかし一番可能性が高いのは魔由香だ。側付をわざわざ書くかと聞かれれば、それはないだろう。それでも一番は、複製体も居る魔由香しか居ない。
鈴は立て札のところへと転移した。あまりにも不用意ではあるが、そんなことを気にしているほど心に余裕がなかった。
辺りに漂うのは木や鉄の焼けた臭い。更に秘書の想像してしまった最悪の結果を肯定するような肉の焼けた臭い。そして周囲に最も漂っている臭いといえば……
「やっぱりやったのは複製体ね」
複製体の魔力の臭いだった。
秘書は立て札の立っているところの地面に手を当てた。そこには司教の魔力痕が僅かに感じられる。その痕跡を更に探ると、周囲にほんのり黄色掛かった白色をしている細かい粒が残っていた。
骨だ。
肉は焼けて灰になり無くなってしまったが、骨だけは僅かに残っていた。とはいえ、鑑識にでも回さないと骨とは分からないような物ではあるが、秘書には造作もなく分かる。その粒に僅かに残っていた魔力痕が、司教のものだということも。
「アンゼルさん……どうして……」
秘書は膝をつき、この理不尽な仕打ちに心を痛め、悲しみに包まれた。その灰を拾い上げても、小さじ一杯にすらならない。いくら秘書といえど、治療をすることはできない。
できることは復元することだけ。
しかし秘書は復元をしない。したい気持ちをグッと堪える。やってしまえば、他の人たちも復元しないと収まらないから。それは正常な人の営みから逸脱してしまうから。
そして悲しみに浸る暇も無い。
〝女を返してほしければ〟
少なくとも昨日までは何事もなかった。つまりまだ生かされている可能性が高い。仮に魔由香ではなかったとしても、助けに行かないという選択肢を秘書は持ち合わせていない。
問題は場所だ。
「場所くらい書いておきなさいよ」
教区内の隠れ家に視界を飛ばす。この一年で新しく加わったところや移転したところは分からないけれど、秘書が知っている限りの場所は全てここと同じ状況になっていた。つまり、大罪教の終焉である。
司教なら〝大罪様在る限り不滅〟と声高に叫ぶだろう。しかし当の本人は教団を立ち上げたことを後悔した。
こんなことになるなら一人でなんとかするべきだった、と。
実際、この一年は一人でなんとか過ごせていた。しかしそれはこれまでの経験と、生きることだけに専念できたからで、星の半身を探しながら、大勢の複製体を養いながらなど不可能だ。
〝全てはお父さんの遺志を継ぎ、大願成就するため〟
そう割り切れれば楽だったろう。だからこそ、たとえ一人だけだとしても助けなければ……と強く思った。
どうせもう自分は長くないのだから。




