79.秘書室の嵐
二人が盛り上げくれたおかげで、楽しい女子会になり、香織の気持ちもだいぶ晴れやかになった。
程よく酔いも回り、さっき浮かんだ疑問も、いつも間にか消えてしまった。
家に着くと、陽一はまだ帰ってきていない。
早速、今日の報告をしようと、頑張って起きていたが、やはり寝落ちしてしまった。
「お前、寝るときはちゃんとベッドで寝ろよ。毎回運ぶのは流石に骨が折れる」
翌朝、陽一は新聞を広げると、香織に忠告してきた。
「う・・・、誠に面目ございません・・・」
香織は陽一の前にコーヒーと朝食のプレートを置くと、深々と頭を下げた。
「でも、昨日はどうしても報告したくて、頑張って待っていたんですよ」
香織はそう言うと、自分もテーブルに着いた。
「報告されなくても、見りゃ分かる」
もりもり朝食を食べる香織を見て、陽一は呆れ顔でコーヒーを飲んだ。
「とりあえず、散骨は免れたようだな」
「はい。今のところは。想像以上に味方がいました!」
香織はにっこりと笑いながら、トーストを頬張った。
陽一はそんな香織を可笑しそうに見ると、
「そりゃ、よかった。海まで行くのは面倒だからな」
新聞を置き、香織が作った朝食を食べ始めた。
☆
一番気まずい初日を乗り切れば、二日目以降は思っていたほど辛くない。
相変わらず、香織を見てヒソヒソ話す女子社員には嫌な思いをさせられるが、それよりもお局様パワーの方が強い。
一人のお局様が、香織の席の隣ということもあり、何かと声を掛けてくれる。
心無い女子社員が香織に聞こえるように陰口を言うと、それよりも大きな声で、
「嫌なことがあったら、副社長に言いつけちゃいなさいよ~!」
と、笑いながら香織の肩を叩く。
香織はそのパワーに恐れ入った。
その上、中川も田中も気にかけてくれることが、有難かった。
さらに、中川の言っていた通り、部長からの書類配達のご指名も、あの日からピタッと止んだ。
(人の噂も七十五日・・・。頑張って地味に乗り切ろう)
香織はそう自分に言い聞かせ、助けてくれる人に感謝しつつ、日々を過ごすことにした。
☆
当然のごとく、秘書室では嵐が巻き起こっていた。
7階フロアなど比ではない。
坂上と田島は荒れに荒れていた。他の秘書らが引いてしまうほどに。
陽一に何人女がいても不思議ではないと思っていても、本命ができたとなれば話は別だ。
その上、その本命があの原田さん!
「あり得ないんだけど!」
坂上は苦々しく、田島に怒りをぶつけた。
何食わぬ顔で毎日書類を届けに来ていたと思うと、本当に腹立たしい。
それに、以前の飲みの席だって、自分たちが陽一を賛美する様子を黙って聞いていたのだ。自分の彼氏は大した男じゃないなんて言いながら。
人の彼氏を彼女本人の前で、あたかも自分の男のように褒め称えていたことを思い出すと、恥ずかしさのあまり、気が遠くなりそうだ。
それだけではない。
明らかに自分たちより見劣りする香織が、なぜ陽一のお眼鏡に叶ったのか。
それに、仕事上でもほとんど接点がなかったはずなのに・・・。
「一体、いつから副社長とつきあっていたのかしらね・・・?」
田島が呟くように言った。
「もしかして・・・」
坂上が思い出すように、田島に振り向いた。
「あのマークも原田さんが付けたってこと!?」
二人がキーっと騒いでいるところに、少し年配の女性がやって来て、呆れたように二人を見た。
「いい加減、落ち着いて仕事してください。二人とも」
そう言うと、二人の背中を優しく押すように席に促した。
「でも!副社長に本命ができたなんて、事件ですよ!柴田さん!」
噛みつくように言う坂上に対し、柴田と呼ばれた先輩秘書は溜息を付くと、
「ごめんなさいね。黙っていて。私は薄々知っていたの」
そう言った。
「え?!」
「はい?!」
坂上と田島は同時に声を上げて、柴田を見た。
「そうねぇ、半年前くらいかしら?いきなり副社長から原田さんを呼ぶように言われて、原田さんを副社長室に案内したことがあったの。その後、二人仲良く手を繋いでランチに行ったから。その頃からのお付き合いじゃないかしら?」
「・・・」
「・・・」
黙りこくった二人に、柴田は優しくポンポンと肩を叩き、自分の席に戻っていった。
「・・・」
「・・・」
「・・・でも・・・」
暫くの沈黙の後、坂上が口を開いた。
「会長は原田さんとの仲を反対なんだから・・・」
そう小さく呟いた。




