第六話 ガルドバイン そのメイド
「あー。めんどくせぇ......。」
学園の校舎の屋根の上に、アラタとリンはいた。一方は気怠そうに欠伸をしながら寝転び、食堂で買ったポテトを口に運んでいる。もう一方は片手に本を持ちながら読書をしている。
今日はあの任務から帰還して3日後。その任務で見つけたニュウを見せに、ガルドバイン嬢の元へお邪魔する日だ。
「まあ頑張るんだな。どういう結果になるか楽しみだよ。」
「は?まてまてお前も行くだろ何言ってんだ。」
「残念ながら僕はこの後もまだ講義があるんだ。ガルドバイン嬢がね、「学生の本分は勉強だから講義がある人はそちらを優先しても構わない。」って学長に言ったらしいよ。だからレイラも行かないよ。僕と同じ講義だし。」
「........チッ。だからわざわざ俺の今日の講義が終わってからなのか。」
あちらとしては気を回してくれたつもりだろうが、アラタにとっては余計なことこの上ない。依頼主に会いに行くという理由で講義をサボるつもりだったがそれも出来ず、その上一人で貴族の家に行かなければならない。
リンは手に持った本の閉じると、もう片方の手を前に突き出し、その手のひらに魔法陣を輝かせる。そしてそこから光の粒子が噴出し、空中で竜の形を象っていく。
「それじゃ、僕は行くよ。くれぐれも失礼のない様にね。」
光が収まると、そこには胴体の長く、翼がないのに浮いている大蛇の様な竜がいた。リンはそれに乗ると、竜が一度咆哮を上げ、リンを乗せたまま今いる校舎の屋根から離れようとする。
「ああそうだ。」
リンは何か言うことを思いついたのか、竜の動きを止めさせ、アラタの方へと振り返る。そして喋りだす。
「君が貴族を毛嫌いしてるのはわかるけど。彼女、君が嫌っている様な貴族とは違うんじゃないか?学長室にいた彼女はただの礼儀正しい女の子に見えたけど。」
「..........」
「それじゃまた。」
リンは言いたいことを言い終わるとまた竜を動かし、講義を受けるために、教室のある校舎へと飛んでいく。それを寝転びながら見送ったアラタは、ひとつため息着きながら起き上がり、立ち上がる。
「ほら行くぞニュウ。ちゃっちゃと行って、サッサと終わらせるぞ。」
アラタは振り返り、彼が買ってきたポテトを両手で掴み、ポリポリと食べているニュウにそう言う。
「キュー。」
しかしニュウはポテトを食べるのをやめない。仕方なく彼は、ポテトの袋と一緒にニュウの首根っこを掴み、二つ丸ごと鞄の中に放り込んだ。
——別に貴族全体を嫌っているわけじゃない。俺はただお堅い場所に行くのがただただめんどくさいだけだ。
風の魔術でその身体を浮かし、飛ぶ。そのまま屋根から離れ、すぐに地上に降りることなく学園の外まで飛んでいく。鞄の中ではまだポリポリとポテトを食べる音が聞こえていた。
————
学園を出て、街道を抜け、野地裏を通り、約束の時間に遅れない様に街を歩いていく。
いつもならその自慢の風の魔術で身体を身軽にし、目的地まで飛んでいくか屋根と屋根を飛び越えて行くのだが、今回はそれをしない。まだ急ぐほどの時間でもないからだ。
相手は学者で今日の今日まで会う時間が無かったほどだ。予定よりも早く着いたら、部屋に通されはするだろうが、あのお嬢さんの準備が済むまで待たされる可能性がある。なのでアラタは、出来るだけ予定の時間ピッタリに着くように歩いた。
この国、ガラフィスは東西南北の四つの街、そしてその中央に位置する王都を含めた五つの街に大きく分けられている。
今アラタ達がいる街は、南の街レクスダント。王都以外の他の街には勝るとも劣らない盛んな街だ。
そしてその街をさらにいくつかに分け、納めている領主が存在する。ガルドバイン家。これから会う彼女の家もその領主の内の一つだ。
街の東の方へと進み、通りを抜けたところに、「ここより先、ガルドバイン家の敷地」と書かれた看板と共に、森を抜ける道がある。その道に入り数分歩くと、森の外からでも見えるほどの屋敷が姿を表す。
「自分の住んでる街の領主の家の名前すら知らないって......流石にここまで世間知らずなのは不味いな。」
ようやくたどり着いたガルドバイン家の屋敷を前にして、アラタは頭をワサワサと掻きながら言葉を漏らす。
レクスダント学園と同じぐらいの大きさの豪邸。普通ならば見た瞬間呆気にとられ、数秒間口を開けて立ち尽くすもの。だが、アラタは一瞬だけ屋敷を見渡すと、屋敷の大きさに相応しい巨大で豪勢な鉄の門の横に備え付けられている水晶の前まで近づく。そしてその水晶に手をかざし、「ファー」という音と共に水晶が光りだすと、それに向けて喋りだす。
「アラタ=リ・エアデヴァルトでぇす。先日のルナ=ガルドバイン様による依頼の結果を報告しに参りましたぁ。」
それを言った数秒後、水晶越しに女性の声が響く。ルナ=ガルドバインの声では無いが、彼女と同じ様に、いや、それ以上に落ち着いて礼儀正しい喋り方だ。
「承知しました。今門の外までお迎えに参ります。」
その言葉を言い終えると、水晶の光が消える。
数秒後、門の内側から物音が聞こえ、門を見たまんまの重圧のある音と共に、その鉄の門が内側に開けられる。その開け放たれた門の先には、メイド服を着た女性が立っていた。
その容姿は金髪碧眼で、なかなか整った顔立ち。歳はアラタとそう離れていない様に見えるが、その礼儀正しい姿勢と雰囲気からは、とても大人びた印象を受ける。
「アラタ=リ・エアデヴァルト様で御座いますね。初めまして。わたくし、ルナ様の専属メイドを務めさせて頂いております。エミア=ヴィクトリアと申します。以後お見知り置きを。」
「..........」
「.........?」
エミリアは反応のないアラタを不思議に思い、首を傾げる。
アラタはエミアを凝視していた。屋敷を見渡した時よりも恐らく長い間。じっと見つめながら何かを考えていた。
「どうかされましたか?何かこちらに至らぬ点がありましたでしょうか?」
「ん?ああ!ごめんごめん。メイドって久しぶりに見たもんだからさ。こんな感じだったなぁって。」
「はぁ......。ではルナ様がお待ちです。案内致します。」
アラタの咄嗟の言い訳だったが、エミアは特に気にした様子もなく歩きだす。それにアラタもついて行こうと、門を潜り抜け、屋敷の庭に入ったところで、エミアは立ち止まる。
そして振り返り、アラタに質問を投げかける。
「失礼ながら。エアデヴァルト様はこのままかの屋敷の庭を通り、その風景を堪能したいですか?それとも一足でも早くルナ様の元まで参りたいですか?」
「はい?」
突然の質問の意図がよく分からないが、一瞬間を開けてとりあえず考えてみる。そしてこの屋敷の庭を見渡す。
屋敷の大きさに比例する様に、庭もまたデカい。門から一直線に伸びる道を歩くと、屋敷の入り口である扉があるが、そこまでがかなり長い。庭は綺麗にガーデニングされており、見ていて楽しいかもしれないが、彼は今そんな気分でもなければ、元々そんな性分でもない。そのうえ、この屋敷の大きさから見れば、ルナのいる場所までたどり着くのも時間が掛かりそうだ。
もっとも、こんなこと考えたからどうだと言うのか。
「じゃあ直ぐで。直ぐ会いたい。」
「かしこまりました。では、お手を。」
アラタの答えを聞くと、エミアは自分の手をアラタの前に差し出す。
「お掴み下さい。」
急な要求に戸惑い、どう対応すればいいのか分からなかったアラタだが、ここでアタフタしているのもカッコ悪いので、言われた通りエミアの手を握る。すると——
「な!!?」
一瞬の出来事。今までアラタ達は屋敷の門の前にいた筈が、気付けば違う場所にいた。アラタが辺りを見渡すと、目の前にはさっき見た屋敷の扉がある。反対側を見ると、先程まで自分達がいたはずの屋敷の門が見え、その左右にはしっかりとガーデニングされた庭が見える。
「てれ........ぽーと........!?」
「では行きましょう。ルナ様がお待ちです。」
そう言って彼女は、屋敷の重厚な扉を、両手で開いた。




