第五話 その名前 感じるのは
「任務ご苦労だった。」
学長が歳のとったくぐもった声で任務を終えた生徒に労いの言葉を贈る。その先には任務から戻った三人の生徒、ではなくソファーにグッタリと不機嫌そうに寝転ぶアラタと、遺跡から連れ帰ってきた小動物が部屋の中を走り回っている。
三人が学園に戻り、任務完了の報告をしに学長室に向かおうとした時、アラタが、
「もう遅いし今日は任務完了の報告だけで手続きとかはまた明日だろ? 全員で行く必要なくね?」
と言い出した為、誰が学長に報告するかで数秒話し合い。結果としてジャンケンで決める事とした。
結果としてアラタは負け、報告のために必要な、新種と、リンとレイラの『学生証明章』を預かり、今現在に至る。
「いやー、まさか一日でこなすとは思ってなかったよ。新種って結構簡単に見つかるもんなんだね。」
向かい側のソファーに座る男が口を挟む。
彼の名前はライ=ディグロス。レクスダント学園の教師にして、この国最強の魔術師——らしい。
赤い髪とそれとは対照的な透き通る空色の眼。身長百九十はあるかと思うほどの細身の長身で、全身白装飾に身を包む、街に居れば真っ先に目につく大男。
今晩は結構冷えるというのに、片手には三段乗せたアイスクリームを持っている。
「しかも推定危険度B+のモンスターを倒したんだろ?僕の教育の賜物だね。 記録に残ってないけど。」
ライはペラペラとアラタの学生証明章を揺らす。
この学生証明章には、学園の生徒と証明する以外にもう一つの役割がある。それは討伐したモンスターの記録だ。
モンスターは討伐された際、体外に魔力を発散する。
この学生証明章は持ち主がモンスターを討伐した時、その体外に出た魔力の性質と強さを読み取り、これに記録する。この魔力の強さと当事者の証言によって、モンスターの危険度は決められ、登録されているものなら、その種族が一瞬でわかる。
だが、今回は違った。アラタが倒した闇騎士の魔力が、証明章に記録されていなかったのだ。
結果、今回の依頼でアラタが討伐したモンスターは0体ということになる。彼が不機嫌な理由はこれだ。
「あー、クソッ!! なんか納得いかねぇ!! でもそう言えばアイツ、「また会おう」とか言ってたな。クソッ。クソッ。」
「多分その君が戦ったモンスターはガーディアンの一種だと思うよ。しかも、恐らくソイツはその空間のシステムみたいなものなんだ。だから、一時的に消滅しても、あの空間が破壊されない限り死なない。故に討伐不可能。昇級審査の材料にはちと厳しいかな。」
二人の会話を尻目に、学長は走り疲れ毛繕いをしているモンスターに目をやる。
「で、それがガルドバイン嬢が依頼していた新種のモンスターかね。私にはその動物が魔力を一切ないように思えるんだが。」
「あっ、やっぱ学長もそう感じるのか? アイツらもそういうんだけど正直俺にはよく分からないんだよな。」
「分からない?」
ここに居るこのモンスター?からは『魔力』を感じない。それは今のところ、この小動物を見たすべての人間の共通認識だ。
ここに居るアラタを除いては。
「何か感じるんだよ。魔力とは少し違う気もするけど。けど魔力じゃなかったらなんなんだっていうか。でもこの街の結界は素通りしたし。」
「......なるほど。そういうことか。」
ライは一瞬何か考え、考えが纏まったのか、残り二つになったアイスを一つ丸ごと口にする。
「それは多分......えーと......ごめんソイツ呼び名がないと不便だ。何か考えて。」
いつのまにかライの横に座っている小動物を、ライは親指で指してアラタに言う。
「えー、じゃあ新種だから『ニュウ』で。」
「.......安直すぎないか。」
「一瞬たりとも悩まなかったね。いいのそれで。」
「こういうのは下手に意味を持たせようと長考するより、パッと浮かんだのにした方が馴染みやすいんですよ。今その話題引っ張る必要ないし。どうぞ。」
アラタは足を組みなおし、手の平を上に向けてライを指す。それに答えてか、ライもコホンッとワザとらしい咳払いをして話し出す。
「そのモンスターが宿してるのは『魔力』ではなく『霊力』だ。詳しいことはガルドバイン嬢に聴いて。以上。」
「............え!? それだけ!?」
さも今から語りますと言うような雰囲気を出しておいて、喋ったことは十秒にも満たない短い言葉だけだった。
「モンスターの定義って動物が魔力を持つか持たないかじゃないのか? そもそも『霊力』を持つのは『精霊』か限られた一部の人間だけだろ?」
「でも精霊って実体ないじゃん。その子は普通に触れるし。」
さっき呼び名をつけてと言ったくせに、その名前を使わない。
「だいたい僕はそっち方面は専門外なんだよねぇ。ここ一応魔術学園だし。適当なこと言ってあとで間違ってたら教師としての威厳もないし。」
「一応とはなんだ。それにライ。お前には元から教師としての威厳なんてないぞ。」
学長が手厳しい言葉をライにかける。それにライは全く答えず、最後の残ったアイスを全て食べ尽くし、残ったコーンをニュウに向ける。ニュウは一口それをかじると、気に入ったのか一気にコーンをかじっていく。
「ねぇ学長?この子うちの学園のマスコットにでもしない?もっと生徒が増えるかもしれないよ。」
「依頼で連れ帰ったモンスターを勝手に商売道具にできるわけないだろ。」
学長はライの提案を一瞬で却下したあと、アラタの方へと向き、また話し始める。
「アラタ。ガルドバイン嬢だが、彼女は学者で忙しい。次空いてる日は3日後だそうだ。それまでその......ニュウは君の内家で預かってはくれないか。君に結構懐いている様だしな。」
「別にいいけど.....3日後あの子がここに来たときに連れてかればいいのか?」
「いや、そうなんどもこちらまで来てもらうのは悪い。君自らあの方の元へ足を運んでもらいたい。」
全くもって不意な要求にアラタは驚き立ち上がる。そしてそのまま学長席に近づき、その机を両手で叩いた。
「ふざけんな!なんで貴族の家にわざわざ!!めんどくせぇ!」
「もう話はついている。それに彼女も君と話がしたいと言っておった。」
「ヒュー!アラタくんモッテモテ!!」
「ウルセェ!!」
腹を立てて声を荒げる。彼にとって今日は納得いかないことの連続だからだ。
「まあ今日はもう帰りなさい。任務についての詳しいことはまた明日聴きます。」
「それじゃあ僕も今日は帰ろうかな。アラタ、帰りになんか食べて行かないか?」
これまた突然の誘いだが、すでにアラタはいちいち反応することをやめていた。
「.........それって先生の奢りってことでいいんですか?」
「は?何言ってんの。勿論割り勘だよ。」
「直帰するわ。お先に失礼しました。」
「キュウ!!」
部屋の扉を開けて帰ろうとするアラタの肩に、ニュウは飛び乗る。相変わらずその体重は軽く、たとえ寝ている間に上で飛び跳ねても気付かないだろう。
アラタはニュウを肩に乗せながら帰路につき、無事家に帰宅した。




