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オズの国の大罪  作者: 葉海カスカ
始まりの囁き
3/4

#2 Greed Leo



早く走れたのは、生まれつき。一撃のパンチが重いのも、生まれつき。耳が良いのも、喧嘩で強いのも、生まれつき…。食事中のおかず争奪戦でも強いのだって、生まれつきでしかない。



『強くあれ』



父親が言ったその言葉は、この国では命を削る他ならなかった。俺にとって、墓穴を掘ることでしかない。父親は弱かった。



『平凡に生きる』



母の教えは理にかなっていた。強者である母は貧しくて、奪う事への躊躇いさえ忘れた人だった。でも俺たち兄弟を想う心はあるようで、この国での最高の生き方を教えてくれた。


強者は貧しく、弱者は死ぬ。この国は酷い。程よく生きるには、強いことと、弱いことを隠すこと…。適度に勝って、負ける。


兄と共に聞いた一度きりの教え。



「嘘だ…」



そんな奴、居るわけがない。平凡な奴が、幸せなところを見たことがない。


その話を一度した数日後。母は行方不明になった。



「この国を出よう」



兄さんがポツリと溢した。



「…。」



「母さんは失踪。父さんは金を奪われて鬱状態。もう、ムリだ…」



うつむいたまま、拳を震わせて兄さんは言った。俺は、あまり乗り気にはならなかった。


確かに、母さんは失踪し、父さんはリストカットを繰り返すまでに鬱状態になった。もううんざりするくらい罪を犯した。だけど、この国を出るには、もう一つ罪を重ねなければならない。それはもっともっと重罪だ…!



「聞いてくれ、レオ。これしか方法はないんだ。ボクとお前がこれ以上罪を重ねない為には、これしか」



「兄、さん…!?」



「わかるな?審査を受けるんだ」



最悪だと思った。兄さんは最大の罪を犯そうとしているんだ。でも、何故か首は横に振れなかった。



「ああ」



気づいた時には、もう手遅れだった。

国境に向かわざるを得なくなった。



「何でだよ…っ」



イラついて、近くの壁を殴る。コンクリートで出来ていたそれは、紙みたいに崩れ落ちる。遠巻きに俺たちを見ていた奴らは壁を見て、怖がりながら逃げていく。ちぢみあがった心臓の音が響く。



「ああ、レオだ…また、俺たちを襲うのかな…」



なんて、言葉にしない諦観の声が聞こえた。町中に溢れる俺たち兄弟の噂。誰も、俺たちに近づかない。近づいたら奪われるから。


俺は強い。だから、孤独だ。貧困だ。貧しくて、けど強いから奪う。奪えば、弱者は死ぬ。


俺はこんな可笑しな場所まっぴらだ。兄さんもこんなこと思っているんだろうか。

でも俺は、審査なんて嫌だ。


この国から出るには、審査が必要だ。すごく強い奴を殺さなきゃいけない。なんで、倒すんじゃあダメなんだろう。


でも、もう手を汚したくはないだろう?兄さんの声が聞こえた気がした。




国境前、俺を見て強張る大男。目に恐怖の色がにじむ。



「ごめん」



胸に十字を描き、拳で心臓の上を殴る、国の礼儀。決闘の始まりを示すこの敬礼を、もうしないことを願う。



「レオ・スプリング・ヴァン」



泣きそうなのを我慢し、目の前の男も敬礼をする。

すまない。心から思って、駆ける。


俺の、たった一撃で散っていく命は、お前で最後だから。



「ごめんなさいっ」



最後の鼓動が耳に響く。脳内で反響して、苦しい。かってに涙があふれ出た。


足が震えて、地面に尻をつけた。



「レオが…殺した」



背後から、声が聞こえた。ものすごく遠くから聞こえた。振り返ると、人だかりが出来ていた。



「殺した」「レオが殺した」「人殺し」



様々な声が聞こえる。聞こえてしまう!



「ぁぁぁぁぁぁぁぁ…」



背後から手が伸びてきた。そして、俺の耳を塞ぐ。優しく耳を塞いだ。だから、この良すぎる耳はまだ声を拾っていた。だから、塞いだ奴の声も聞こえた。



「ああ、ボクの愛しい弟。辛いだろ?ボクと一緒に行こう?あんな奴らの声なんか、聞こえないふりして、さ」



兄さんだった。ふふ、と。不快な、軽い笑い声が聞こえた。


背後に目を向けると、「いつも通り」の兄さんがいた。にっこりと笑っている、いつもの兄さん。



「あいつらは、敵だ…。レオの味方は、このボクだよ」



耳を塞いでいた左手が胸のあたりまで降りる。そして、五芒星と十字を描いた。これは、真実の印。途端に、あいつらの声は聞こえなくなった。


また、ふふ。と笑い声が聞こえる。なぜか不快に感じなくなっていた。首を傾げて、立ち上がる。足の震えなんか、最初からなかったみたいに。



「レオ…大好きだよ……最高だ…こんなに思い通りになる弟は…」



「…え?」



「なんでもない。さぁ、行こう」



「…?…ああ」



何か、気づかなければいけないことがあった気がするのに、わからない。この国境を超えたら2度と思い出せない気がする。



「はーやーく」



とん、と背を押されて、国境を跨ぐ。下駄がカランと軽快な音を鳴らした。



「早くしないと、ダメだろ?」



兄さんが肩をたたく。背後で、カチリと音が鳴った。



「っっ!?ぐぅぁぁぁぁぁぁっっ!?」



猛烈な痛みが俺を襲った。強い耳鳴りがして、平衡感覚を失う。視界がぐらりと揺れて、気づいた時には地面に伏していた。


ズキズキズキッ!耳を塞ぐと、ねっとりとした感触がした。驚いて掌を見ると、赤く滑っていた。血だった。



「ぐっ、かはっ」



噎せながら、血を吐く。

「いつも通り」の兄さんは、「早く。はーやーく。レオ、早く来てよ」と、笑った。



「!?」



早く、しないと。何故か思った。何を?わからない。俺はなんで急がないといけない?



「吸え、何もかも。己の糧にしろ」



低く兄さんが呟いた。途端、フラッシュバックするものがあった。


立ち上がった俺の背後、無数の人が倒れていた。血が吹き出して、命が終わって。そして、兄さんに「吸い込まれて」。



「忘れちゃダメだよ、レオはボクのもの。 ボク無しじゃ生きれないってことをな」



歪んだ視界の中、いつもの笑顔があった。聞こえた声を信用できなくなるような、いつも通りの笑顔が、あった。


ああ、兄さんにとって、人を殺すことは「日常」だったんだな…。それを悟った時、俺は記憶を拒絶した。







「ねえ強欲。君は欲しい?何を?…全て?その慾に憑かれたら、オレは君の望みを叶える」



記憶の隅に刻まれた嘲笑うような問い。


でも俺は兄さんの記憶と共に拒絶してしまった。





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