#1 Rage Dorothy
例えば、近所の子供。例えば、町の長老。
一度歩けば言われる言葉。それはもう洗脳のように私の頭に刷り込まれていた。
「ドロシー!魔女を殺そう?」
「ねードロシー!東の魔女をやっつけて!」
「ドロシー様!どうかあの魔女を…!」
そんな、みんなの声。
操られたみたいに、気がついたら私は殺人を犯していた。
刺さったナイフ、傷口を抉る指。魔女が悲鳴をあげて崩れ落ちた。
赤い液体がドロドロと、床に満ちて行った。どろどろどろどろどろ、白い修道服が真っ赤に染まって、そして真っ黒に汚れた。掌にべっとりと、赤がついた。爪と指の間に、脂と血。
ああ、私は、穢れてる!
魔女の最期の表情、断末魔…。一生頭から剥がれないであろう殺した感触と記憶が、私を蝕んだ。
『あ…ぁぁ…はねが……あ、た…し……しぬ………の……?』
止めて。
「ありがとうドロシー!これで村が平和になるよ!」
やめて…
『ぃや…よ………何も…して、なイ……、ナニも…シテナイのニ…ッ、、』
やめ、て
「ドロシーありがとう!意地悪魔女を殺してくれて!」
やめて…!
『ユルサ、ナイ』
やめて!!!!!!
「ドロシー、どうしたの?魔女が死んだのにさぁ、変なドロシー」
やめてよ!!!!
言葉にできない悲しみと、怒りと、虚しさ。
体を突き抜ける激情が口から溢れるのを必死に押さえた。
村人からの感謝と、記憶の中での魔女からの罵倒。詰られて、褒められて、詰られて、褒められて…。気が狂いそうになる程に、村人から感謝されるほど記憶の中の魔女は私を「許さない」。
交互に聞こえる声に、私は吐きそうになった。
もう、誰にも会いたくない。
暗い部屋に篭って心を閉ざした。
洗いすぎて傷だらけになった掌を無意識に摩る。
するするするする、がり。
やがて、爪を立てて皮膚をめくる。血が滲み出てきた。爪の間に入った皮膚の断片や血をなんとなく見て、叫ぶ。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
お母さんとお父さんはそんな私を見て、どこかへ消えた。魔女を殺した功績を称えられて貰った立派で広い家に、私1人と、一匹の犬。決して吠えない寡黙な犬は、私の隣でクゥンと鳴いた。
「トト、私、生きてる意味ってあるの?人殺しなのに」
はは、と乾いた自嘲の笑みを浮かべて、愛犬に問う。答えなど返ってくるはずがないのに。
「…ドロシー…」
「…?」
何処かから声が聞こえた気がした。優しい、女の子の声。心が凪いでいくような、そんな穏やかな声。辺りを見渡しても、トト以外誰も、何も、いなかった。ただ無機質な部屋に風が吹き込んでいるだけで、時が止まったように、誰も居なかった。
私も、止まってしまおうか。
窓から身を乗り出した。トトが慌ててついてくる。この子は察しがついたのかもしれない。勘が冴えた子だったから。
空を見た。暗い夜空に、ポツンと浮いた月。青い満月が煌々と輝いていた。星々は弱々しく光を放つだけで、月に飲み込まれている。
月に向かって手を伸ばした。傷だらけの腕を月光は照らして、私の顔にギザギザな輪郭の影を作った。照らされた掌が真っ赤に見えた。
涙が止まらなくなった。
「トト、私ね。贖罪がしたい。あの、無実な魔女に。ついてきてくれる?」
黒い愛犬は尻尾をわたわたと降って、わん!と吠えた。
私はトトと村を出た。深夜は冷え込んで、村に明かりは一つもない。でも月が照らしてくれた。誰にも見つからず、森を抜け、王都へ向かう。
そこにいる大王オズ。あの人ならば、私を裁ける。
「憤怒、君は何に怒る?何を恨む?その怒りを身に宿せば、ワタシは君の力となる」
鈴が鳴るような声色が響いた。
でも、私はすぐに忘れてしまった。




