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19  琥珀 マユミ

――――


琥珀 マユミ


――――


私とショウタくんは地下へと降りていく。

司令部の地下は、表向きは資材保管区画になっている。

本来の役割は影に汚染され原型が無くなった物品の回収と影から戻らなかった物を現実から切り離して保管する場所だ。


一緒に降りる階段には、2人分の足音がやけに響いた。言葉はないけれど、それでよかった。

心が通じていると思っている。今さら言葉はいらないだろう。

数年間、毎日一緒に暮らしている。同棲と言ってもいい。だが、一線を越えてしまっては私と言う存在に矛盾が生まれる。部下に手を出してしまっては、影対策府に示しがつかない。

お互いに尊敬を持って接すればどんなことだって乗り越えていける。


信頼とは愛なのか。

彼を信頼しているというのは、愛しているということなのか。

一緒に暮らしている言うことは、そうなのではないか。

正直、彼が何をしてもすべてを許せる気がする。


そうだね。

ここに戻ってくるならすべてを許してしまう。まさか、こんなに甘い人間だとは夢にも思わなかった。

国の支柱、支援部の部長として失格かもしれない。


だが、手を出していない。そういう関係ではない。

なら、私の幸せとはこの日常だけなのだろうか。


――――


地下の扉の前に立つと、向こう側には小さな影領域が出現していた。


「どうしたものかな。ショウタくん、彼女をかばうのはわかるけど、コレ、どうみても影よね。これ、世間にバレたら本当に大変だよ。えっと、誤解しないでね、影領域は人間には展開できないよね??」


見逃せないね。ショウタくんのためにも何度も見逃そうと思った。

世間にバレたら、ここの影対策府が吹き飛ぶ。

人間に影を移植すると人の意識を持ったまま影になる。禁忌だ、本当に何しているのかな。

でも、あそこで影の言うことを聞いて少女を助けるのがショウタくんらしいね。

優しい。この命がかかる仕事で、助け合いながら暮らすことにいつも幸せを感じていた。


「そうですね。ああ、マユミさん、少しだけ抱きしめていいですか? それと、いつも言葉に出せない感謝を言葉にさせて頂いていいですか」


「なに? どうしたの? もちろんいいよ」


確かに、言葉にする必要があるね。あれで終わりじゃなかったのが少し嬉しい。

思わず、緊張で両手を胸に合わせてしまう。

彼の腕が遠慮がちに私の背中へ回る。

人が見ていないなら、これはセーフだ。


「もう、引き返せません。アヤメさんは人類にとって必要になります。マユミさん、隠していて本当にすみませんでした。頼らなかったことも、巻きこまなかったつもりが、あなたを傷つけたこと、本当にすみません」


ショウタくんの重さと吐息を受け止めながら私は思う。

解決していないけど、許した。

全力でサポートするから好きにして構わないと思ってしまう。

ここで、許さないとかあるかな? 私が稼ぐから彼には家にいて欲しいと思うが、この仕事をしていて結婚は難しい。それに、能力覚醒者は影関係に従事する義務がある。


「解決もしていないけど、許してあげる。今後の対応を考えましょう。彼女に対して責任を負うのね」


「はい。これで、処分されたら。すみません、ここを辞めます。メンタル的に働けないですわ」


ぐぐう。私たちよりこんな小娘を選ぶと言うのかい。

いや、この考えは良くない。国の保安を守る者としてよくない。

この領域を感じても、彼女は人間と言うのね。上の都合で処分されるなら、『もういい』

ということか。


ショウタくんの功績は世間にでないけど、影対策府で働く者なら誰でも知っている。

『インフニットガーディアン』 ね。酷い二つ名よね。私たちの世代なら漢字で『邪応援説黒龍波』 ぐらいに言ってほしいね。

歳がひと回り離れている兄の少年誌で読んだときは、衝撃だった。


私は彼の胸の中で頷いた。

彼の腕が解かれる。そして領域化している扉を開けた。


部屋の中央に、黒瀬アヤメさんがいた。

捕まえた時と原型が違う。人の形をした影が立っている。

刀は腰に差しているが、ここで処分してしまってはショウタくんがいなくなってしまう。

影に取り込まれているのか、影を纏っているのか。判断が難しい。


「アヤメさん! 大丈夫でしたか!」


ショウタくんが私の横を抜けて、アヤメさんの前に立つ。

黒い影が揺れる、そして揺れる。


「ショウタさん・・・。ごめんなさい」


ショウタくんの表情が安堵に変わる。

それを見ると少しだけ、妬いてしまう。

その向けられる表情が私ではないことに。


ショウタくんが彼女を抱きしめると、包む影が薄れていった。

もしかして弱者を装う、邪悪な影かな? ショウタくん騙されてないかい。

相手は女子高生だよ。同じ歳の私がお勧めだと思うよ。


彼女から離れ、2人は私の方を向く。

強い意志がある瞳というのはどうしてこうもかっこいいのか。


「マユミさん、すべて話します」


後は状況確認だ。

彼女がショウタくんの手を握っていること以外は、想定通りだ。

影に喰われかけた少女を助けるため、影を宿したこと。

少女は、助けをショウタくんに求めたこと。

報告をしなかったこと。

そして、舞くんを巻き込んだこと!? 最後にアヤメくんの力を頼ったこと。


聞いてみると想定外ばかりだった。


「すべての処罰は自分が受けます」


ショウタくんはそう言った。

正直、この都の対策府はどうとでもなるね。

世間単位でバレた時、大問題にもなる。


私はアヤメくんの前に立った。

どちらにせよ、テストをしなければいけない。


「アヤメくん、君が影じゃないと証明できるかい?」


意地悪な質問だ。

最近まで女子高生に答えられるわけがないね。

そうね、女子高生か。

そのころ私は剣道に打ち込んでいて、なぜ女子にモテていたね。


「マユミさん、彼女は人間です。少し影が出てしまう人間 『ショウタくん、昔から君は若手にク〇甘い。自覚してるよね? いい所でもあるけど、静かにしてもらっていいかな』」


先にいたアカネくんを除いて、舞、ルリ、ナツメくんを見てみるといい。

君に甘える怪物が出来上がったと思うよ。代わりにバリバリに仕事ができるけどね。

ショウタくんは、胸を押さえながら静かになった。


少女は、黙っていた。

答えられない。そうだろうね。

自分が何者か、社会に出てから痛い程に味あわされる物だから。


「マユミさん、私の証明はたぶんできません」 「ほう?」


ショウタくんがヒュッと息をのんだ。

息をのむのは君かい、とっても過保護か。


「私の中には影がいます。影の力も使えます。人間じゃないって言われたら、そうかもしれません」


ショウタくん、私とアヤメくんの顔をチラチラ見るのはやめないか。

君に、人事関係は向いてないわね。


「怖いです。ショウタさん以外のすべてが怖いです」


声が震え、頬には涙が。


「ショウタさんに嫌われるのも、このまま家族に会えなくなるのも、自分が自分じゃなくなるのも、全部怖いです。でも、あなたたちが相手をしている影は、こんなにも怖がらないと思います」


ほう、人の知性と本能のことを言っているんだね。

見事だ。自分の存在について考えてないと出てこない言葉じゃないか。


さて。ここで斬ったら外道かな。

もうショウタくんと仕事はできなくなるね。

ショウタくんがいなくなったら、私はこのまま仕事のためだけに毎日を生きるのだろうか。


「見事な回答だね。すまない、意地悪をした。面接では試すこともある。許してほしい」


刀の柄から、やっと指を放すことができた。

悪くない答えだ。本当に女子高生かな? 胆力がすごいわね。


「アヤメくん、もう君を外にはやれない。もしもその力が世間にバレたら、ここの影対策府が吹き飛ぶ。私とショウタくんと司令部が吹き飛ぶ」


ショウタくんが私の手を握ってきた。

ボディタッチが多い部下を持つと最高だね。じゃない。

彼女は人語も解せるし、見た所大丈夫そうだ。そして影領域に干渉できる力というのは大きい。


「マユミさん、それじゃあ」 「私も共犯者だね。上にいきましょう。話を固めることは山ほどあるわね」


私は、アヤメくんに視線を送る。


「アヤメくん、君もだ。暴れたら斬らないといけない。行儀よくしてくれるかな?」


黒い髪をなびかせ、少女は頷いた。


―――――


白羽 ショウタ


―――――


目の前に、婚姻届けをスッと出された。


「舞さん、その紙をしまってください。凶器みたいなもんですって。ほら、戦闘部が殺意の目で見てますって、気づきませんか? もうね、その紙は使わなくていいですって。もう大丈夫そうです。舞さん、その婚姻届にはサインしないから。しないからね?」


「あの、ショウタさん。たぶん似たようなことを繰り返すと思うんですよね。今後のために押してもらえますか。そうすれば、私も安心して働けると思うんですよねー。私、職を失うところだったじゃないですか。ほら、責任とってください」


食うしかねーな。30歳にもなって、この技を使うことになるとは。

水がなくても自分なら余裕でいける。

舞から婚姻届をひったくり、ビリビリと千切りながらかぶりつく。

学生時代に、麻雀の負け分点数表をよく主食にしたものだ。


「ふふふ、ショウタさん。学生時代ならいざ知らず、国家公務員にその技は効きません。いくらでも印刷できちゃいます!」


ほう、女子大生の経験でこの技を知っていたか。

とりあえず、目の前から凶器はなくなった。乗り切ったか。

千枚印刷されたら、千枚食う。この心意気が勝負をうやむやにできるんだよね。

舞に 「もう大丈夫そう。ごめんね? ありがとう」 と言った手前の事件だった。


会議室の机には、総括司令、マユミさん、舞、アヤメさん、戦闘部の三人衆が座っていた。

これから、簡単に演説をする。

アヤメさんは自分の隣で小さくなっており、戦闘部は婚姻届けをもしゃもしゃ食った自分を見ている。

総括司令は天を仰いでおり、マユミさんは笑っていた。


「で、みなさま。触りは聞いていると思いますが。こちらのアヤメさんを助ける際に、影を使ってしまいました。彼女の意識にある程度、影が住んでいるようです。そして、影の力を使えるようになりました」


アヤメさんが、少しだけ視線を落とす。


「はい、大変すばらしいことですね。みなさまもそう思いませんか。ダークフォースでこの国に貢献できる力があると言うことです。防衛力強化待ったなし。そんな彼女をぜひ受け入れて頂きたい」


「ショウタくん、落ち着いて。企業プレゼンじゃないのよ? 前職のクセみたいなのが出ているよ」


そうだった。ついプレゼンとなるとテンションが上がってしまう。


「先日の影領域への干渉、こちらのアヤメさんがやってくれました。大変、ありがとうございました。皆様が働きやすい環境を整えて頂いたと思います。えー、彼女が言うには影を吸うごとに影の力を使えるそうです」


空気が少し変わり、戦闘部から声が上がる。


「お兄さんが言うので信じます。耐性者ならうちの戦闘部で指導します」


「影の力か。あんまり感心したものじゃないぜ」


「終わりですかぁ? 戦闘部に入ってもらえば良いのでは。ショウタさん、今日の支援部の夕食メニュー何ですか? それ聞いて、ここで過ごすか帰るか決めたいと思います」


当然、賛成もあり、否定の意見も出てくるだろう。半分聞いてないのもいるだろう。

この営業状態の自分を止められるものはない。


「ええ、ここまできて何が問題か! ということですが、皆さま、お気づきでしょうか。そうです、影にそそのかされて自分が少女に影を埋めてしまったこと。 『時間切れ』 の少女に影を埋めると、命が助かること。そして影が中に同居する禁忌を犯したこと。彼女は何一つ悪くない、もしも彼女の尊厳が奪われることがあれば、自分が全力で守ることを宣言したいと思います」


総括指令が声を発するが、いまだ宙を見ていた。


「世間にバレたら大変だよ。白羽くん、これは禁忌だ。影を宿し、影領域に干渉できる人間を作れる。危なすぎる。相手はあの影だ。影は人とは違う完全な異分子だ。影と同居の時点で意味がわからない。不可能のハズだ」


隣のアヤメさんの雰囲気が変わる。

瞳の奥に影を感じた。


「すみません、ショウタさんだけを悪者にできません。普通は、影との意思疎通は無理ですね。今までそうだったと思うの。ショウタという完全な存在に触れることで初めて自我という渇望をもつのダ」


「はい、ちょっと影が出てるかな? ええ、アヤメさんを囲い込むと、このように影への疑問を聞くことができます。影がなぜ今年は強いか。惑星並列が起因しているそうです。なので3年後の完全並列には人類は滅びるかもしれません。そう、アヤメさんがいなければそうなるでしょうね!」


以上で、プレゼンを終わります。

戦闘部は 「早く終わらないかな?」 という顔をしている。

いや、自分は確実に何かの罪を犯したんだよ。アヤメさんは影と意思疎通ができるんだよ?

もっと真剣にやってもらいたいものだ。結論しか聞かない性格なのは知っているけども。


「あ~。やっぱり惑星と関係があったのか。で、マユミくん。彼女をうちで監視でいいのかな。これをどう上に報告しようか」


「彼女をうちで見ることにしたいと思います。司令、報告はあなたの仕事だ。頼みましたよ。この件の扱いをミスると半分が前線に携わらなくなります。助けた少女の尊厳を奪っては、ショウタくんも思うところが出てくるでしょう」


マユミさんは味方になってくれるのか。

大変頼もしい。


「・・・分かった。黒瀬アヤメさんはうちで預かるとする。外部の報告はこちらで調整しよう」


何とかなった。

アヤメさんの件は、ひと段落ついたのだ。


「ただし、ショウタくん、彼女には常に手の届くところにいてもらうよ」


「はい、そのほうが助かります。みなさま、ありがとうございました。本当にご迷惑をおかけいたしました」


深々と頭を下げて、アヤメさんの方に向き直る。


「ということで、アヤメさんは自分の力で存在価値を手に入れたのです」


そう言った瞬間、アヤメさんの目から涙がこぼれた。

泣いてしまったか。本当にご苦労様でございました。


「私・・・、まだ何も手に入れてないです。何も返せてません。助けてもらってばかりで・・・。もしも必要とされるなら、この力をショウタさんのために使いたいと思います」


と、言葉を言い終わる前に、アヤメさんが抱きついてきた。

優しく受け止めるが、やわらかい感触より背後から殺気が向けられる。


「そうきましたか、戦闘部で上下関係を教え込みます」


「泥棒ネコちゃんだな。剣の基礎からたたき込む」


「女子高生育成計画ですか。ショウタさん激甘そうですよねぇ」


「いえ、司令部で私の下につけます。私を先輩と崇め奉るのです」


舞まで参戦してきやがったか。

そして、抱きしめたアヤメさんから耳打ちされる。


「ショウタさん、約束どおり両親に挨拶からお願いしますね」


そうよな。

娘さんをお預かりする挨拶にいきますか。





いつもありがとうございます。

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