第6話 二重契約とオカ研再始動
「ローンみたいに言うな!!」
修二のツッコミが部室へ響く。
ルルミアは「えへへ……」と誤魔化すように笑った。
その後もしばらく、
彼女はノートパソコンをカタカタ触っていた。
「えっと……
契約者名、
黒崎修二様……」
「様つけなくていい」
「契約種別……
“ゆるめ人生改善サポート”……」
「なんだその雑なプラン」
「初心者向けですぅ!」
修二は椅子へもたれた。
悪魔と契約。
普通ならもっと恐ろしいはずなのに、
やっていることは役所の手続きみたいだった。
すると。
ルルミアが急に真面目な顔になる。
「あっ、
あと重要事項説明があります」
「賃貸か」
「契約前に説明しないと、
地獄法務部に怒られるのでぇ」
「法務部あるのかよ……」
ルルミアはノートPCをくるりと向けた。
────────────────
【悪魔契約に関する重要事項】
・契約は双方合意の上で成立します
・魂の強制回収は禁止されています
・契約者の寿命を意図的に縮める行為は禁止されています
・未成年契約には保護規定があります
・天界側サービスとの併用は一部制限があります
────────────────
「未成年保護あるの!?」
「最近厳しくてぇ……」
「悪魔の世界、
思ったよりちゃんとしてるな……」
「昔が酷すぎたんですよぉ」
ルルミアは遠い目をした。
「昔の悪魔って、
“契約書読ませない”
とか普通だったらしくて……」
「最低だな」
「あと小さい字で、
“魂永久譲渡”って書いてたり」
「悪徳通販か!!」
「なので現在は、
かなり改善されてますぅ!」
なぜか誇らしげだった。
修二は苦笑する。
「じゃあ魂って、
具体的に何なんだよ」
ルルミアは少し考えた。
「うーん……
昔は“命そのもの”みたいな扱いだったんですけど」
「うん」
「最近は、
“心”とか“執着”とか、
そういう概念に近いですねぇ」
「概念?」
「はい」
ルルミアは指を折りながら説明する。
「人間って、
好きなものに夢中になると、
そこへ“魂”を使うじゃないですか」
「…………」
「好きな人とか、
夢とか、
推しとか」
「最後いまっぽいな」
「なので今の悪魔契約って、
“人間の心の動き”に近いんです」
修二は少し黙った。
悪魔の話なのに。
どこか妙に現実的だった。
「なんか急に哲学っぽいな……」
「えへへ……
新人研修で習いましたぁ」
その時だった。
ぐぅぅぅ……
間抜けな音が鳴った。
「…………」
「…………」
ルルミアが真っ赤になる。
「お、お腹じゃないですぅ!!」
「完全に腹だろ」
「ち、違いますぅ!
これは地獄エネルギー不足で――」
ぐぅぅぅ……
「二回鳴ったぞ」
「うぅ……」
ルルミアは涙目になった。
修二はため息をつく。
「……腹減ってんの?」
「…………はい」
「悪魔も腹減るんだ」
「人間界だと結構消耗するんですぅ」
修二は立ち上がった。
「カップ麺でいい?」
ルルミアの顔がぱあっと明るくなる。
「いただきますぅ!!」
「元気だなお前」
数分後。
机の上にはカップ焼きそばが二つ並んでいた。
ルルミアは箸を持ちながら、
そわそわしている。
「まだ?」
「三分待て」
「地獄だと待ち時間ゼロなのにぃ……」
「地獄の技術どうなってんだ」
やがて。
「よし」
「やったぁ!」
ルルミアは勢いよく食べ始めた。
「あつっ、あつっ」
「猫舌かよ」
「悪魔舌ですぅ!」
「違い分からんわ!」
だが。
食べているルルミアは、
本当に幸せそうだった。
「……おいしいですぅ……」
「そんな大げさな」
「人間界のジャンクフード、
地獄で人気なんですよぉ」
「マジか」
「特に深夜カップ麺は、
“背徳感込みで美味しい”って評価高くてぇ」
「地獄らしい理由だな」
修二は少し笑った。
気づけば、
さっきまで感じていた不安はかなり薄れていた。
悪魔なのに。
こいつといると、
妙に気が楽だった。
その時だった。
ぱぁっ――
「うわっ!?」
突然、
部室が光に包まれた。
「またかよ!!」
白い羽が舞う。
そして。
「失礼します♪
監視契約執行通知に参りました」
「帰ったんじゃなかったのかよ!!」
セラフィナが、
当然のような顔で降り立った。
「営業は足で稼ぐものです」
「天使が泥臭ぇ!」
セラフィナは机を見る。
「……カップ焼きそばですか」
「な、なんですかぁ」
「ずいぶん庶民的な契約ですね」
「人間界では人気なんですぅ!」
ルルミアが焼きそばを抱える。
セラフィナは小さくため息をついた。
「ともかく」
彼女は修二へ向き直る。
「悪魔契約締結を確認しました」
「は?」
「よって、
天界側監視契約を執行します♪」
「監視!?」
「悪魔契約者には、
一定期間、
天界側観測権限が発生します」
「ちょっとぉ!!
聞いてないですぅ!!」
「契約規約第七条です」
「長すぎて読んでないですぅ!!」
セラフィナはにっこり微笑む。
「契約件数ゼロの新人悪魔へ、
単独契約を許可するほど、
天界は楽観的ではありません♪」
「ぐぬぬ……!」
修二は頭を抱えた。
「待て待て待て。
つまりどうなるんだよ」
「簡単です♪」
セラフィナは胸へ手を当てる。
「本日より、
私も黒崎修二様の担当になります♪」
「二重契約!?」
「通常は禁止ですが、
監視契約は例外扱いです♪」
「屁理屈ですぅ!!」
「規約です♪」
「絶対楽しんでますよねぇ!?」
セラフィナは否定しなかった。
修二は深くため息をつく。
「……つまり、
お前ら二人とも、
今後俺のところ来るってこと?」
「はい♪」
「はいぃ!」
「めんどくせぇ……」
その時。
修二の頭へ、
ふと担任の言葉がよぎった。
『部員五人未満なら廃部』
「……待て」
二人が同時に振り向く。
「はい?」
「なんでしょう?」
「お前ら、
学校通えるのか?」
沈黙。
「あ」
「あら」
数秒後。
ルルミアが勢いよく立ち上がった。
「いけますぅ!!」
「いけるの!?」
「人間界長期滞在用の、
身分生成サービスありますのでぇ!」
「サービスって言うな!」
セラフィナも頷いた。
「天界側も、
人間社会への合法的介入には、
現地身分が必要です♪」
「合法的介入って怖ぇな……」
「戸籍、
学生記録、
転校履歴まで自動生成可能です」
「怖ぇよ!!」
ルルミアは目を輝かせた。
「つまりぃ!」
びしっと修二を指差す。
「私たち、
オカ研入れますぅ!!」
「え」
「監視対象の生活圏へ溶け込むのは、
合理的でもあります♪」
セラフィナが静かに言う。
「また、
悪魔側のみが学生社会へ介入するのは、
天界規定上好ましくありません」
「うわぁ……
めちゃくちゃ理屈で来る……」
「よって」
セラフィナは優雅に微笑んだ。
「私もオカルト研究部へ所属予定です♪」
「お前もかよ!!」
修二は指を折る。
「俺、
ルルミア、
セラフィナ……」
三人。
「オカ研、
三人になるじゃねぇか……!」
ルルミアが感動したように口を押さえる。
「ぶ、部活っぽいですぅ……!」
「まだ二人足りませんけどね♪」
セラフィナが冷静に言った。
「うぅ……
あと二人ぃ……」
ずっと一人だった。
廃部寸前で、
笑われるだけだったオカ研。
でも今。
悪魔と天使のせいで。
初めて、
“部活”っぽくなっていた。
修二は小さく笑う。
――なんか、
ちょっとだけ面白くなってきたかもしれない。




