第5話 はじめての悪魔契約
「いや問題しかねぇよ!」
修二のツッコミが部室へ響く。
だが。
悪魔と天使は真顔だった。
「お客様」
セラフィナが優雅に微笑む。
「人生とは選択です」
「はぁ……」
「どの選択を積み重ねるかで、
人間の未来は変わります」
「スマホ会社のプラン説明みたいに言うな」
一方。
ルルミアは慌てて鞄をごそごそ漁っていた。
「あっ、
うちも資料ありますぅ!」
取り出したのは、
明らかに手作り感のある冊子だった。
『悪魔式・ゆるっと人生改善』
「急に胡散臭くなったな!?」
「で、でも実績ありますぅ!」
ぺらり。
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■ ブラック企業が少し嫌になる呪い
■ 上司の機嫌が悪い日に有給が通りやすくなる加護
■ コンビニで温め時間がちょうどよくなる魔術
■ SNS黒歴史投稿を3秒前に思い出させる呪い
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「最後ありがてぇな……」
修二が思わず呟く。
セラフィナが静かに口を挟んだ。
「小手先ですね」
ぱちん。
再びホログラムが浮かび上がる。
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『あなたの人生、
本当にそのままで良いのですか?』
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「また始まった!」
「お客様」
セラフィナの声は穏やかだった。
「短期的快楽は、
長期的幸福を阻害します」
「うっ……」
「努力なくして救済はありません」
「重い重い重い!」
修二は頭を抱えた。
正論だった。
あまりにも。
間違っていない。
だからこそ、
苦しかった。
セラフィナは続ける。
「逃避は、
一時的には楽でしょう」
「…………」
「ですが、
人間は前へ進まなければ、
いつか必ず後悔します」
正しい。
本当に。
その通りなのだ。
だが。
修二はふと、
最近の自分を思い出していた。
朝起きて。
学校へ行って。
周囲に合わせて。
空気を読んで。
正しいことを言って。
失敗しないようにして。
怒られないようにして。
誰にも迷惑をかけないようにして。
気づけば。
何かを頑張る前に、
疲れていた。
その時。
ルルミアが、
おずおずと前へ出た。
「あのぉ……」
「なんです?」
「たしかに、
天界さんの言うことは正しいです……」
「…………」
「でも……
人間って、
そんなに強くないと思うんです」
セラフィナが黙る。
ルルミアは続けた。
「頑張れない日もありますし、
何もしたくない日もありますし……」
「…………」
「逃げちゃう日もありますし、
夜更かししちゃう日もありますし……」
小さな羽が、
しゅんと垂れる。
「だから……
ちょっとくらい、
ダメでもいいんじゃないかなって……」
修二は思わず吹き出した。
「ははっ……」
セラフィナが眉をひそめる。
「何がおかしいのですか?」
「いや……
なんか」
修二は苦笑した。
「悪魔の方が、
人間っぽいなって」
「…………」
その瞬間だけ。
セラフィナの営業スマイルが、
わずかに揺らいだ。
だが彼女は、
すぐ静かな表情へ戻る。
「……なるほど」
白い羽がふわりと揺れた。
「お客様は、
“厳しい正しさ”より、
“弱さを許す言葉”を選ばれるのですね」
「…………」
「それもまた、
一つの選択です」
その言い方には、
馬鹿にした響きはなかった。
むしろ。
少しだけ寂しそうだった。
「ですが」
セラフィナは静かに微笑む。
「どうか後悔なさらぬよう」
彼女は背を向ける。
白い羽が、
淡く光を散らした。
そして。
ぼそりと小声で呟く。
「……どうせまた、
夜更かし支援などするのでしょうし」
「聞こえてるぞ!!」
ルルミアが慌てる。
「ち、違いますぅ!
最近は睡眠改善にも力入れてて――」
「黙りなさい地獄営業」
「ひぃっ」
次の瞬間。
まばゆい光。
セラフィナの姿が消えた。
静寂。
「…………」
「…………」
修二はゆっくりルルミアを見る。
「……で?」
「は、はい?」
「お前に頼むわ」
「…………え?」
ルルミアの目が丸くなる。
「いや、
天使の言うこと、
正しいのは分かるんだよ」
修二は天井を見上げた。
「でも……
正しすぎて疲れる」
「…………」
「俺、
そんな立派な人間じゃねぇし」
ルルミアは黙って聞いていた。
「頑張れって言葉、
最近ちょっとしんどいんだよ」
部室が静かになる。
「だから……
お前くらい、
ゆるい方が楽」
数秒の沈黙。
そして。
「ご、仮契約ですぅぅぅ!!」
ルルミアが涙目で飛び上がった。
勢いよく机へ頭をぶつける。
「いたぁっ!?」
「締まらねぇな!!」
修二は思わず笑った。
ルルミアは頭を押さえながら、
泣きそうな顔で笑っている。
「は、初契約ですぅ……!」
「マジでゼロだったのかよ」
「うぅ……
同期にめちゃくちゃ馬鹿にされててぇ……」
「悪魔にも同期あるんだ……」
ルルミアは慌ててノートパソコンを開いた。
「えっとえっと……
契約処理しなきゃ……!」
カタカタカタ。
修二はふと聞く。
「契約って、
やっぱ魂取られるのか?」
ルルミアの手が止まった。
「……はい?」
「いや、
悪魔契約ってそういうもんだろ」
「あー……」
ルルミアは少し困ったように笑う。
「その辺は、
ちゃんと説明しますぅ」
「なんだよそれ」
「大丈夫です!」
ルルミアは胸を張る。
「最近は分割払いもできますので!」
「ローンみたいに言うな!!」
カタカタ。
そして。
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■ 契約内容
契約者:
黒崎修二
願望:
オカルト研究部存続支援
契約期間:
一年
対価:
未設定
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「未設定?」
ルルミアは珍しく真面目な顔になる。
「悪魔契約って、
“願い”と“対価”の重さを合わせる必要あるんです」
「……例えば?」
「軽い契約なら、
現世通貨とか」
「PayPay?」
「対応してますぅ」
「悪魔がPayPay言うな!!」
「でも、
重い願いになると……」
ルルミアは少し視線を逸らした。
「魂契約になります」
部室の空気が、
少しだけ静かになる。
「……魂取られると、
どうなるんだ?」
「ケースによります」
「怖ぇよ」
「でも」
ルルミアは優しく笑った。
「黒崎さんの願い、
そんなに重くない気がするんです」
「…………」
「オカ研、
好きなんですね」
修二は少し黙った。
好き。
そんな立派なものではない。
ただ。
あの古い部室だけは、
なくなってほしくなかった。
学校の中で唯一、
息を抜ける場所だったから。
「……まぁな」
ルルミアは嬉しそうに頷く。
「じゃあ、
頑張りますね」
「何を?」
「部員集めですぅ!」
「……は?」
ルルミアは胸を張った。
「目標!
来年の新歓までに五人!」
「軽く言うな!」
「現在一人なので、
あと四人必要ですねぇ!」
「営業は、
得意じゃないですけど!」
「自慢になってねぇ!」
それでも。
ルルミアは誇らしそうに笑った。
「でも」
小さな悪魔は、
どこか嬉しそうに言う。
「願いを叶えるのは、
悪魔のお仕事ですから♪」
その時。
修二はまだ知らなかった。
このドジっ子悪魔との契約が。
自分の退屈だった日常を、
めちゃくちゃに変えていくことを。




