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第7話 人間界研修命令

「……妙に馴染んでるな、お前」

 修二は、カップ焼きそばを頬張るルルミアを見ながら呟いた。

 悪魔。

 本来なら、

 人類を誘惑し、

 魂を堕落へ導く恐怖の存在――のはずだった。

 だが現実はどうだ。

「あっ、

 これ美味しいですぅ!」

 などと言いながら、

 カップ焼きそばへ感動しているドジっ子である。

「地獄って、

 もっと怖い場所じゃないのか?」

「昔はそうだったらしいですぅ」

 ルルミアはもぐもぐしながら答えた。

「でも今はかなり変わりました」

「へぇ」

「働き方改革入りましたし」

「悪魔に!?」

「あとパワハラ問題とかも……」

「夢壊れるなぁ……」

 ルルミアは困ったように笑う。

「昔の悪魔って、

 結構乱暴だったみたいなんですよぉ」

「みたい?」

「わたし新人なので、

 昔のこと詳しくなくてぇ」

 その時だった。

 ぶるるるるっ!!

 ルルミアのスマホが震えた。

 画面を見るなり、

 彼女の顔が固まる。

────────────────

鬼塚部長

────────────────

「あっ……」

「またか」

「やだなぁ……」

 ルルミアは露骨に嫌そうな顔をした。

「絶対怒鳴られますぅ……」

「社会人って大変なんだな」

 修二が呟く。

 ルルミアは観念したように通話ボタンを押した。

「も、もしもし――」

『ルルミアァァァ!!!』

「ひぃっ!?」

 怒声が部室へ響き渡る。

 修二は思わず耳を押さえた。

『本契約まで行きそうってマジかァ!?』

「は、はいぃ!」

『やるじゃねぇかァ!!』

「……え?」

 ルルミアがきょとんとする。

 修二も少し驚いた。

 今日は怒られないらしい。

『いやぁ長かったなァ!!』

「うぅ……

 同期にずっと馬鹿にされてましたぁ……!」

『まぁお前ポンコツだからなァ!!』

「ひどぉい!」

 修二は思わず吹き出した。

 なんだかんだ、

 この鬼塚部長はルルミアを見捨ててはいないらしい。

 だが次の瞬間。

『でだ』

 鬼塚部長の声色が変わった。

 ルルミアがぴしっと固まる。

『本契約目前だからって、

 浮かれてんじゃねぇぞォ』

「は、はいぃ……!」

『そいつは今までの連中より、

 多少本気っぽい』

「多少ってなんだよ」

『だが、

 安心していいってわけじゃねぇ』

「…………」

『悪魔契約には、

 仮契約解除期間――

 人間界で言うクーリングオフ期間がある』

 ルルミアの肩がびくっと震えた。

『仮契約成立から六ヶ月』

「六ヶ月!?」

『その間は、

 契約者側からいつでも解除可能だァ』

「長ぇな!?」

『人間ってのは気分で生きてるからなァ』

 鬼塚部長は当然のように言う。

『一時感情で契約して、

 翌月には“やっぱ無しで”ってのも珍しくねぇ』

「世知辛ぇ……」

『だから地獄側でも、

 長期感情変動期間を考慮してる』

「無駄にリアルだな悪魔業界……」

『で、お前』

「は、はいぃ!」

『今まで、

 その六ヶ月を突破できたこと無ぇだろ』

「うぐっ……!?」

 修二は思わず笑いそうになった。

 問題そこだったのか。

『仮契約までは行く。

 だが六ヶ月の仮契約解除期間中に、

 だいたい“やっぱやめます”される』

「うぅぅぅ……」

『だからルルミア。

 お前はその六ヶ月、

 黒崎に張り付け』

「へ?」

『人間観察しろ。

 契約維持しろ。

 解除されんな』

「営業が生々しい!!」

『今まで全部そこ失敗してんだからなァ!!』

「ぐはぁっ!?」

 ルルミアが崩れ落ちる。

 鬼塚部長はさらに続けた。

『悪魔契約ってのは、

 願い叶えて終わりじゃねぇ』

「…………」

『人間を理解して、

 “こいつなら契約続けてもいい”

 と思わせて初めて一人前だ』

 修二は少し黙った。

 意外だった。

 怒鳴り散らすだけの上司かと思っていたが、

 言っていることは案外まともだった。

『だからお前は、

 もっと人間界に染まれ』

「そ、それでぇ……?」

『しばらく人間界で暮らせ』

「えっ、

 えっ、

 人間界でぇ!?」

 ルルミアはおそるおそる部室を見回した。

「あ、あのぉ……

 この部室で寝泊まりですかぁ?」

『バカヤロー!!』

 鬼塚部長の怒声が飛ぶ。

『そいつの自宅に決まってるだろうがァ!!』

「はぁっ!?」

 今度は修二が叫ぶ番だった。

「なんでそうなるんだよ!!」

『契約維持には距離感が重要なんだよォ!!』

「さっきから言ってること、

 全部営業じゃねぇか!!」

 一方。

 ルルミアは完全に固まっていた。

「…………」

「おい?」

 みるみる顔が赤くなっていく。

 小さな羽がぴくぴく震え始めた。

「む……

 む、

 無理ですぅぅ……!」

「お前が言うのかよ!?」

「だ、男女同居なんてぇ……!」

『悪魔が何言ってんだァ!!』

「いまの時代ダメなんですぅ!!」

「そこ常識あるの!?」

 ルルミアは涙目のまま両手をぶんぶん振った。

「そ、それにわたし、

 男の人のお部屋とか、

 行ったことないですぅ!!」

「なんか急に初心だな!?」

 その時だった。

「……なんと汚らわしい」

「うわっ!?」

 修二が振り向く。

 いつの間にか、

 セラフィナが呆れ顔で立っていた。

「天使ぃ!?」

 セラフィナは冷ややかな目でルルミアを見る。

「契約成立初日に同棲とは。

 さすが地獄営業ですね」

「ち、違いますぅ!!

 これは研修命令でぇ!!」

「言い訳は結構です♪」

「話聞いてくださいよぉ!!」

 セラフィナは深くため息をついた。

「黒崎様も大変ですね。

 まさか悪魔と同居生活になるとは」

「いやホントにな!?」

「しかもルルミアさんですし」

「そこ強調するなぁ!!」

 部室は今日も騒がしかった。

 数日前まで、

 ここには修二しかいなかった。

 廃部寸前のオカ研。

 一人きりの、

 静かな居場所。

 なのに今はどうだ。

 悪魔と天使が騒ぎながら出入りし、

 同居話まで始まっている。

 意味が分からない。

 でも。

 少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 修二は、

 こんな騒がしい毎日も悪くないと思い始めていた。



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