第3話 悪魔契約と魂価格暴落
「ダメなの!?」
修二が思わず叫ぶ。
ルルミアは困ったように眉を下げた。
「はいぃ……
殺害依頼は現在、全面禁止になってましてぇ……」
「悪魔だろお前!?」
「昔はいけたんですけどねぇ」
「昔はいけたのかよ!!」
ルルミアはノートパソコンを机へ置き、カタカタと何かを入力し始めた。
「えーっと……
“依頼者、初回から殺害希望”っと……」
「記録すんな!!」
「あとで監査入るのでぇ」
「監査!?」
悪魔の口から出る単語ではない。
修二の頭はますます混乱していく。
ルルミアは少し真面目な顔になった。
「昔、願いを雑に叶えすぎて、大問題になったんです」
「例えば?」
「“世界を支配したい”って願いを、そのまま通した悪魔がいましてぇ」
「通したの!?」
「結果、文明が三回くらい滅びました」
「三回!?」
修二は思わず立ち上がった。
しかしルルミアは、どこか他人事のように続ける。
「まあ、昭和の頃だったのでぇ」
「昭和なら許されるみたいに言うな!」
ルルミアは少し困ったように笑った。
「ちなみに地獄って、人間界の価値観に結構影響されるんですよぉ」
「は?」
「昭和の頃って、地上もかなりコンプラ緩かったじゃないですかぁ」
修二は少し考える。
たしかに昔は、今では考えられないようなことが普通に行われていたと聞く。
学校では教師が平気で生徒を殴り、会社では灰皿が飛び、電車の中ですら煙草を吸っていた時代だ。
「職場でも普通に煙草吸ってましたし、
パワハラも今よりずっと多かったですしぃ」
「……地獄も?」
「はいぃ。当時は契約かなり雑でしたぁ」
「嫌すぎる時代だな!」
「いまは喫煙も指定場所以外禁止ですしぃ」
「地獄にも喫煙所あるのかよ!」
「鬼塚部長、たまに破って怒られてますけどぉ」
修二は頭を抱えた。
なんだその妙に現実的な地獄。
「あと文明崩壊も、すぐ修復されましたしぃ」
「修復!?」
「世界修復部が三ヶ月くらい徹夜したらしいですぅ」
「地獄にそんな部署あるのかよ!!」
「かなり怒られたそうですよぉ。
始末書八百枚コースだったとか」
「会社か!!」
ルルミアは「なので現在はぁ」と言いながら、ノートパソコンをくるりと修二へ向けた。
画面には大量の項目が並んでいる。
────────────────
■ 願望カテゴリ
□ 恋愛
□ 金銭
□ 承認欲求
□ SNS関連
□ 学業・進路
□ その他
■ 禁止事項
□ 殺害
□ 洗脳
□ 国家転覆
□ 相場操作
□ Vtuberへの過剰投げ銭補助
────────────────
「最後なんだよ!!」
「過去に大事件が……」
「知らねぇよ!」
ルルミアはしゅんと肩を落とした。
「あと最近、“異世界転生希望”も多いんですけど、原則禁止になりました」
「なんで?」
「本当に死ぬ人が増えたので……」
「そりゃそうだろ!!」
修二は思わず机へ突っ伏した。
なんなんだこの悪魔。
怖さより先に、会社員っぽさが勝っている。
「じゃあ逆に、何ならできるんだよ……」
「はいっ!」
ルルミアの顔がぱっと明るくなる。
「現在ご提供可能なのはこちらですぅ!」
彼女は鞄からパンフレットを取り出した。
表紙には、笑顔の悪魔たちが並んでいる。
『あなたの人生に、小さな奇跡を。』
その下には大きく、
『Hell Prime+』
と書かれていた。
「通販サイトか!?」
ルルミアは嬉しそうにパンフレットを開く。
────────────────
【ベーシックプラン】月額666円
・小運アップ
・寝坊率低下
・虫除け加護
【スタンダードプラン】月額3,666円
・恋愛補正
・対人運強化
・テスト前集中力向上
【プレミアムプラン】月額6,666円
・ガチャSSR微増
・SNS炎上回避
・黒歴史投稿の事前警告
────────────────
「普通にサブスク!!」
「最近は定期収入が重要なのでぇ」
「悪魔の夢どこ行った!?」
修二はパンフレットをめくりながら眉をひそめた。
だが内容は、思った以上に現実的だった。
恋愛運。
人間関係。
集中力向上。
どれも人生を劇的に変えるような奇跡ではない。
むしろ、“少しだけ生きやすくする”程度の内容ばかりだった。
「……悪魔ってもっと、魂取るとかそういう感じじゃないのか?」
「あー……」
ルルミアは少し困ったように笑った。
「昔はそうだったんですけどねぇ」
「違うのか?」
「魂の価値が急落した時期がありまして」
「暴落すんの!?」
修二は思わず声を上げた。
株か何かか。
「昔は希少だったんですけどぉ、近年は人口増加と契約悪魔の増員で供給過多になりましてぇ……」
「魂に市場原理あるの!?」
「あと最近、質の低い魂も増えてるって問題になってましてぇ」
「ひどい言われようだな人類!?」
ルルミアは慌てて首を振る。
「あっ、もちろん全部じゃないですよ!?
ただ最近は“自己肯定感低下型”とか、“慢性無気力型”とか増えてるらしくてぇ……」
「魂に分類あるんだ……」
「なので現在は、現世通貨でのお支払いも推奨されてますぅ」
「世知辛ぇなぁ悪魔業界……」
ルルミアは指を折りながら説明を続ける。
「最近は魂より、安定した現金収入の方が重要なんですぅ。
人間界活動費もかかりますし」
「活動費?」
「転移コストとか、端末代とか、サーバー維持費とか……」
「サーバーあるの!?」
「最近クラウド管理なのでぇ」
「夢壊れる!!」
ルルミアは少し誇らしげだった。
「前は紙契約が多くて大変だったんですよぉ。
魂管理台帳とか全部手書きでしたし」
「魂管理台帳ってなんだよ……」
「あと昔は判子文化も強くてぇ」
「地獄にもあるのかよ日本企業文化!」
修二はツッコミながら、自分が少しずつ慣れ始めていることに気づいてしまった。
いや、慣れるな。
相手は悪魔だ。
どう考えても危険存在のはずだ。
だがルルミアは、どう見てもポンコツ新人社員だった。
「もちろん」
ルルミアはにこっと笑う。
「お客様がどうしてもとおっしゃるなら、魂払いも可能ですよぉ♪」
「なんでちょっと嬉しそうなんだよ!!」
「あとPayPayも使えますぅ」
「悪魔がPayPay言うな!!」
修二は頭を抱えた。
怖い。
怖いはずなのに、妙に生活感がある。
まるでブラック企業へ入社した新人営業社員と話しているような感覚だった。
だが。
その時だった。
ルルミアがふっと小さく笑みを消した。
「昔みたいなの……
もう駄目なんです」
その声だけ、ほんの少し暗かった。
修二はそこで初めて気づく。
この悪魔。
もしかして案外、苦労人なのではないか。
修二は少し考えてから口を開いた。
「……じゃあ、部員増やしたりは?」
「はい?」
「オカ研。来年の新歓終わるまでに、五人いないと廃部なんだよ」
ルルミアはぱちぱちと瞬きをした。
「五人……」
「今一人」
「あと四人必要?」
「そう」
ルルミアの表情が急に真剣になる。
彼女はノートパソコンを高速で操作し始めた。
「えっと……
学校生活支援……
青春サポート……
友人関係補助……」
「そんなカテゴリあるの!?」
「最近、学生契約増えてるのでぇ」
修二はなんとも言えない顔になった。
「……悪魔ってもっと、魂取るとかそういう感じじゃないのか」
「昔はそうだったらしいですけどぉ」
ルルミアは肩をすくめる。
「いまは時代的に難しいんです」
「時代ってなんだよ」
「コンプラですぅ」
「万能だなその言葉!」
その時だった。
ぶるるるるっ!!
ルルミアのスマホが激しく震えた。
画面を見る。
『鬼塚部長』
「あっ……」
ルルミアの顔が一瞬で青ざめた。
「……出ろよ」
「やだなぁ……
絶対怒られる……」
震える手で通話ボタンを押す。
「も、もしもし――」
『ルルミアァァァ!!!』
「ひぃっ!?」
スマホから怒鳴り声が炸裂した。
部室の窓ガラスがビリビリ震える。
『お前また契約取れてねぇだろうがァ!!』
「す、すみません部長ぉ……!」
『今月ゼロ件だぞ!!
研修何ヶ月目だァ!!』
「うぅ……
が、頑張ってますぅ……!」
『頑張って結果ゼロなら意味ねぇんだよ!!』
修二は思わず耳を押さえた。
怖い。
普通に怖い。
だが同時に、妙に聞き覚えのある空気でもあった。
ブラック企業の上司。
怒鳴る管理職。
数字。
ノルマ。
悪魔なのに、やっていることが妙に生々しい。
『今どこだァ!!』
「に、人間界ですぅ……!」
『営業中か!?』
「い、いまお客様のところで、契約手続き中ですぅ……!」
一瞬の沈黙。
『……おぉ!?』
鬼塚部長の声色が変わった。
『マジで契約入りそうなのかァ!?』
「は、はいぃ!
たぶん仮契約までは……!」
『やるじゃねぇかァ!!』
ルルミアの顔がぱっと明るくなる。
『いいかァ!!
その契約、絶対取ってこいよォ!!』
「は、はいぃ!!」
『今月ゼロのまま終わったら、煉獄支社送りだからなァ!!』
「ひぃぃっ!?」
しかし鬼塚部長の怒鳴り声は止まらない。
『あと最近は天使界に客取られてんだよ!!』
修二が反応した。
「……天使界?」
『“癒し”だの“救済”だの、ぬるいサービス始めやがって!!
こっちは競争激しいんだ!!』
「は、はいぃ……!」
『じゃあその契約、絶対まとめろよォ!!』
「はいぃ!!」
ぶつっ、と通話が切れる。
部室に沈黙が落ちた。
「…………」
「…………」
ルルミアは涙目だった。
「……悪魔も大変なんだな」
「はいぃ……」
彼女はしょんぼり肩を落とした。
「もう……
地獄、ブラックすぎて……」




