第2話 契約課のルルミア
赤黒い光が、部室いっぱいに広がっていた。
床へ浮かび上がった巨大な魔法陣。幾重にも重なる線。奇妙な文字。見たこともない紋様が、不気味な赤黒い光を脈打つように放っている。
「な……
なんだこれ……」
修二は思わず後ずさった。
空気が重い。
まるで部屋そのものが、どこか別の場所へ繋がろうとしているようだった。
その時。
ゴゴゴゴ……と、低い音が部室全体へ響き始める。
魔法陣の中心が、どろりと赤黒く歪んだ。
「うおっ!?」
熱風が吹き荒れる。
机のプリントが宙を舞い、棚の雑誌がばさばさと床へ落ちた。窓ガラスはびりびりと震え、部室全体が小さく揺れる。
「な、なんだよこれ!?」
次の瞬間。
ぼんっ!!
紫色の煙が勢いよく噴き出した。
「うわっ!?」
修二は思わず腕で顔を庇う。
煙の中から、小さな影が飛び出した。
「きゃああああっ!?」
どんっ!!
「いたぁぁぁ!?」
何かがロッカーへ激突する。
数秒の沈黙。
やがて煙がゆっくり晴れていった。
そこにいたのは――黒いフリル服を着た少女だった。
紫がかった黒髪。小さな角。コウモリのような小さな羽。年齢は修二と同じくらいだろうか。
そしてなぜか。
首から社員証をぶら下げていた。
『地獄営業第二部 契約課 研修中』
「…………は?」
修二の口から、間抜けな声が漏れる。
少女は床へ座り込んだまま、涙目で頭を押さえていた。
「いたたた……
また着地失敗しましたぁ……」
修二は混乱していた。
悪魔。
召喚。
魔法陣。
目の前で起きていることは、どう考えても現実離れしている。だが、床へ刻まれた巨大な紋様も、焦げたような匂いも、ロッカーへ頭をぶつけて涙目になっている少女も、妙に生々しかった。
「…………あっ」
少女は修二へ気づくと、慌てて立ち上がった。
そして背筋を伸ばし、ぺこりと頭を下げる。
「このたびは、悪魔召喚サービスをご利用いただき、誠にありがとうございますぅ!」
「…………」
「見習い悪魔のルルミアです!」
修二は三回ほど瞬きをした。
「……夢?」
「違いますぅ」
「いやだって悪魔って……」
もっとこう、恐ろしくて、禍々しくて、炎の中から現れる存在ではないのか。
だが目の前の少女は、どちらかと言えば新入社員っぽかった。
ルルミアは慌ててスカートを整えながら、小さな羽をぱたぱた動かす。
「あっ、すみません!
転移まだ慣れてなくてぇ……!」
「いやそこじゃなくて!」
「はい?」
「悪魔!?」
「はい!」
「本物!?」
「本物ですぅ!」
ルルミアはにこっと笑った。
ちらりと八重歯が覗く。
……かわいい。
いや、違う。
そうじゃない。
「な、なんで社員証つけてんだよ!」
修二が思わず指差す。
ルルミアは「あっ」と声を上げ、首元のカードを見下ろした。
「これですか?」
「それだよ!」
「最近、身元確認が厳しくてぇ……」
「悪魔にコンプラあるの!?」
「ありますよぉ~!」
ルルミアは困ったように眉を下げた。
「昔、“いま契約して頂いたら景品をお付けします!”みたいな強引な勧誘が問題になりましてぇ……」
「新聞の勧誘みたいだな……」
「地獄巡りフリーパス券とか、血の池温泉回数券とか付けてた部署もあったらしくてぇ」
「地獄を観光地みたいにするな」
「あと“魂ポイント二倍キャンペーン”とか……」
「スーパーの特売かよ!」
「かなり炎上したそうですぅ……」
ルルミアはしょんぼりした様子で肩を落とした。
「いまは契約前説明、本人確認、同意確認が義務化されてましてぇ……」
「悪魔業界どうなってんだよ……」
修二は頭を抱えた。
夢にしてはリアルすぎる。
だが、ルルミアは気にした様子もなく話を続ける。
「それでは、ご契約内容の確認を――」
彼女は黒い鞄をごそごそ漁り始めた。
そして取り出したのは。
ノートパソコンだった。
「いや悪魔ァ!!」
「最近電子化されましてぇ」
起動音が普通にWindowsだった。
「夢壊れるわ!!」
しかもルルミアは慣れた手つきでパソコンを開き、カタカタと入力を始める。
画面には、
『地獄営業第二部 契約管理システム』
と表示されていた。
「ちゃんとシステム化されてる……」
「クラウド管理なんですよぉ」
「地獄DX化すんな」
ルルミアは少し誇らしげだった。
「前は紙契約が多くて大変だったんですぅ。
魂管理台帳とか全部手書きでしたし」
「魂管理台帳ってなんだよ……」
「あと昔は判子文化も強くてぇ」
「地獄にもあるのかよ日本企業文化!」
修二はツッコミながら、自分が少しずつ慣れ始めていることに気づいてしまった。
いや、慣れるな。
相手は悪魔だ。
どう考えても危険存在のはずだ。
だがルルミアは、どう見てもポンコツ新人社員だった。
「では、黒崎修二様」
ルルミアは改めて真面目な顔になった。
「本日は、どのような願望をご希望でしょうか?」
修二は思わず息を呑む。
願い。
本当に願いを叶えてくれるのか。
なら。
今の自分が欲しいものは――。
オカ研の存続。
部員。
居場所。
何か、今の退屈な現実を変えるもの。
だが、口から出たのは、もっと黒い感情だった。
「……嫌いな奴、
消したりできるのか?」
ルルミアの動きが止まる。
「あっ」
「え?」
「それコンプラ違反ですぅ♪」
「ダメなの!?」




