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第20話 ポンコツ悪魔の勧誘

 翌日。

 オカルト研究部の部室には、冬の柔らかな日差しが差し込んでいた。

 窓際ではセラフィナが静かに紅茶を飲み、玲奈は古びたオカルト雑誌をぱらぱらとめくっている。

 修二は、そんな二人を眺めながら頬杖をついていた。

 部員は四人。

 廃部まで、あと一人。

 現実は何一つ変わっていなかった。

「ルルミア」

 修二が声を掛ける。

「なんですぅ?」

「お前、昨日も『なんとかしますぅ』言うてたやろ」

「言いましたぁ」

「何か考えあるんか?」

 ルルミアは、いつものように胸を張った。

「ありますぅ」

「何がや」

「秘密ですぅ」

 修二は深いため息をついた。

「その顔やめろ」

「失礼ですぅ」

 玲奈が小さく笑う。

「本当に誰か心当たりあるの?」

「ありますぅ」

「誰?」

「秘密ですぅ」

 修二は窓の外を見た。

 そして、小さく呟く。

「……美羽が来てくれたら、一発なんやけどな」

 玲奈が振り向いた。

「妹さん?」

「そや」

「誘えばいいじゃない」

「無理や」

 修二は首を横に振った。

「あいつ、女子高行ってもうたからな」

「女子高?」

「実家から通ってる」

「頭はええし」

「行動力あるし」

「変な話も嫌いやない」

「でも、うちの学校に来る理由がない」

 玲奈は少し残念そうに頷いた。

「そうなんだ」

 その横で。

 ルルミアだけが、静かに何かを考えていた。

「なるほどですぅ」

「ん?」

「なんでもないですぅ」

 修二は嫌な予感しかしなかった。

         ◇

 放課後。

 気が付くと、ルルミアの姿がなかった。

「どこ行った?」

 修二が辺りを見回す。

 セラフィナが紅茶を机に置いた。

「嫌な予感がします」

「俺もや」

「買い物じゃないの?」

 玲奈だけが不思議そうだった。

 修二は苦笑する。

「ルルミアが黙って出掛ける時は、大体ろくでもない」

         ◇

 私立聖レイナ女子学院。

 放課後の教室には、楽しそうな笑い声が響いていた。

「美羽ー」

 一人の女子生徒が声を掛ける。

「今日も寄り道せえへん?」

 黒崎美羽は机の中から鞄を取り出した。

「今日は帰る」

「またお兄ちゃん?」

 その一言に、美羽の手が止まる。

「違う」

 即答だった。

 だが友人は笑っている。

「この前も言ってたやん」

『お兄、ちゃんとご飯食べてるかなぁ』

 美羽は頬を赤くした。

「言ってない」

「言った」

「言ってない」

「会いたいん?」

「……別に」

 そう答えながら、美羽は窓の外へ目を逸らした。

 その頬が少し赤くなっていることに、本人だけが気付いていなかった。

 そして。

 その様子を、校庭の大きな木の枝から、一匹の小さな蝙蝠がじっと見つめていた。

「なるほどですぅ」

 小さく頷く。

「重症ですぅ」

         ◇

 夜。

 美羽の部屋。

 机の上には、一枚の写真立てが置かれていた。

 家族写真だった。

 その中で、修二は少し照れくさそうに笑っている。

 美羽は、その写真を手に取った。

 高校へ入ってから。

 兄はアパートで一人暮らしを始めた。

 実家からそう遠い場所ではない。

 会おうと思えば、いつでも会える。

 それでも。

 夕食の時も。

 朝起きた時も。

 家のどこにも兄の姿はない。

 それが、美羽には少しだけ寂しかった。

「……お兄、元気かな」

 ぽつりと呟いた、その時だった。

 こん。

 窓が小さく鳴った。

「?」

 風だろうか。

 カーテンを開ける。

 そこには。

 一匹の黒い蝙蝠が止まっていた。

「きゃあああっ!」

 反射的に枕を掴んで振り下ろす。

「痛いですぅ!」

 蝙蝠が喋った。

 美羽は動きを止めた。

「……え?」

「叩かないでくださいですぅ」

「え?」

 ぽん。

 小さな音とともに。

 蝙蝠の姿が、一人の少女へ変わった。

「きゃあああっ!」

 美羽は壁際まで後ずさる。

「だ、誰!?」

 少女はぺこりと頭を下げた。

「実は、わたし、お兄さんに仲良くしてもらってるんですぅ」

 美羽の表情が変わる。

「……ちょっと」

「それ、どういうこと?」

「クラスメイトですぅ」

「クラスメイト?」

 美羽は目の前の少女を見た。

 小柄で、制服姿で、どこにでもいそうな女の子。

 だが。

「……悪魔よね?」

 少女はにこりと笑う。

「ルルミアちゃんですぅ」

「聞いてない!」

「地獄のアイドルでもありますぅ」

「余計意味わからん!」

         ◇

 十分後。

 二人は部屋で向かい合って座っていた。

 美羽はまだ警戒を解いていない。

「それで」

「何しに来たの?」

 ルルミアは机の上の家族写真へ目を向けた。

「お兄さん、大好きなんですねぇ」

 美羽の肩がぴくりと震える。

「べ、別に」

「会いたいんですぅ」

「違う」

「寂しいんですぅ」

「違う」

「顔真っ赤ですぅ」

「うるさい!」

 ルルミアは満足そうに頷いた。

「やっぱり重症ですぅ」

 美羽は顔を背けた。

 その視線の先には、兄の笑顔があった。

 しばらく沈黙が続く。

 やがて。

 ルルミアは静かに口を開いた。

「お兄さんと同じ学校へ行きたいですかぁ?」

 美羽は答えられなかった。

 しばらくして。

 小さな声で言う。

「……行きたいけど」

「今さら無理でしょ」

 ルルミアは、小さな鞄をごそごそ探った。

 そして。

 一枚の紙を取り出す。

 机の上へ、そっと置いた。

 そこには大きく、

《契約書》

 と書かれていた。

「無理じゃないですぅ」

 美羽は、その紙を見つめる。

「……怪しい」

「怪しくないですぅ」

「絶対怪しい」

「大丈夫ですぅ」

「お兄が絶対止める」

 ルルミアは、美羽をまっすぐ見つめた。

「お兄さんの願い」

 そして。

「あなたの願い」

「同時に叶えちゃうのですぅ」

 美羽は黙った。

 契約書へ目を落とす。

 兄の笑顔を思い出す。

 ルルミアは、もう一度静かに言った。

「オカルト研究部が廃部になりますぅ」

 美羽が顔を上げる。

「……え?」

「お兄さん、困りますぅ」

 部屋が静かになった。

 美羽は何も言わない。

 ただ、机の上の家族写真を見つめていた。

 兄は笑っている。

 昔と同じように。

 優しく。

 少しだけ照れくさそうに。

 ルルミアは契約書を机の上に置いたまま立ち上がる。

「今日は帰りますぅ」

 窓を開ける。

 再び小さな蝙蝠の姿になった。

「ゆっくり考えてくださいですぅ」

 夜空へ飛び立っていく。

 部屋には静寂だけが残った。

 美羽は、ゆっくりと契約書を手に取る。

 そして。

 兄の笑顔を、もう一度見つめた。

 その指先が、わずかに震えていた。

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