第19話 冬の訪問者
冬だった。
風丘市にも本格的な寒波がやって来ていた。
朝の気温は氷点下近くまで下がり、通学路には白い息を吐きながら歩く生徒たちの姿が見える。
放課後。
オカルト研究部の部室にも冷たい空気が流れていた。
「寒い……」
玲奈が両手を擦り合わせる。
修二はストーブの前から動こうとしなかった。
「冬やからな」
「昔より寒くない?」
「気のせいや」
「絶対寒い」
玲奈が不満そうに言う。
その横でルルミアは毛布にくるまっていた。
頭だけ出ている。
完全に冬眠前の動物だった。
「寒いですぅ……」
「お前、悪魔やろ」
「悪魔も寒いですぅ」
「地獄はどうした」
「地獄は暑いですぅ」
「じゃあ帰れ」
「嫌ですぅ」
即答だった。
セラフィナが静かに紅茶を飲む。
「平和ですね」
「廃部寸前やけどな」
修二が呟く。
部室が静かになった。
現在の部員は四人。
修二。
ルルミア。
セラフィナ。
そして復学した玲奈。
あと一人。
あと一人足りない。
「ルルミア」
修二が言った。
「なんですぅ?」
「お前、何とかする言うてたやろ」
「言いましたぁ」
「何か考えてるんか?」
ルルミアは自信満々に胸を張った。
「ありますぅ」
「何がや」
「秘密ですぅ」
嫌な予感しかしなかった。
◇
その日の夜。
修二のアパート。
築年数不詳。
冬になると隙間風が吹く。
夏は暑く、冬は寒い。
家賃が安い以外に長所がない。
「寒っ……」
修二はエアコンの温度を一段上げた。
台所ではルルミアがマグカップを両手で抱えている。
「文明って素晴らしいですぅ」
「さっきまで電気代もったいない言うてたやろ」
「それとこれは別ですぅ」
意味が分からない。
しばらくして。
修二は欠伸をした。
「寝るわ」
「おやすみですぅ」
「おう」
修二は自室へ向かった。
エアコンのリモコンへ手を伸ばす。
ピッ。
運転ランプが消えた。
「せっかく暖まったのにですぅ」
ルルミアが不満そうに言う。
「寝る時までつけとったら電気代もったいないやろ」
「さっき私が言った時は文明って素晴らしいって言ってましたよねぇ?」
「それとこれとは別や」
「人間は面倒くさいですぅ」
「お前が言うな」
ルルミアは頬を膨らませた。
「地獄なら暖房代いらないですぅ」
「じゃあ帰れ」
「嫌ですぅ」
即答だった。
修二は呆れながら部屋へ入る。
ルルミアも立ち上がった。
そして。
ぽん。
小さな音と共に姿が変わった。
黒い蝙蝠。
手のひらサイズ。
見慣れているとはいえ、初めて見た人間なら悲鳴を上げるだろう。
蝙蝠ルルミアは器用に飛び上がる。
そして部屋の天井へぶら下がった。
「それ落ち着くんか?」
修二が聞く。
「落ち着きますぅ」
「そうか」
「おやすみですぅ」
「おう」
電気が消えた。
エアコンも止まったまま。
静かな夜だった。
◇
だが。
深夜。
今年一番の寒波がやって来た。
窓が小さく震える。
隙間風が入り込む。
天井付近は特に冷えた。
蝙蝠ルルミアは眠ったまま身体を縮める。
寒い。
とても寒い。
本能が訴える。
暖かい場所。
もっと暖かい場所。
暖かい場所。
暖かい場所。
そして。
もぞもぞ。
もぞもぞ。
無意識のまま移動を始めた。
◇
翌朝。
修二は違和感で目を覚ました。
何かが重い。
何かが温かい。
「ん……」
目を開く。
視界に入ったものを見て固まった。
「……は?」
目の前。
ルルミアが丸くなって寝ていた。
「すぅ……すぅ……」
幸せそうだった。
修二の思考が停止する。
三秒後。
「なんでおるんやぁぁぁ!」
叫び声が部屋に響いた。
「きゃあああ!」
ルルミアも飛び起きた。
二人ともベッドの端まで後退する。
「ななななな何でですぅ!?」
「それはこっちの台詞や!」
「なぜ同じ布団ですぅ!?」
「知らんわ!」
二人はしばらく睨み合った。
そして。
「あ……」
ルルミアが何かを思い出した顔になる。
「思い出したですぅ」
「何をや」
「寒かったですぅ」
「知るか」
「蝙蝠の本能ですぅ」
「便利な言葉やな」
「事故ですぅ」
「事故やな」
それは認めた。
完全に事故だった。
少なくとも本人に悪意はない。
ただ。
「今後は暖房つけろ」
「はいですぅ」
ルルミアは素直に頷いた。
◇
翌日。
部室。
「顔色悪いね」
玲奈が言った。
「寝不足や」
修二は机に突っ伏していた。
「何かあったん?」
「別に」
すると。
ルルミアが口を開く。
「事故ですぅ」
「何の?」
「昨夜ですぅ」
「やめろ」
修二が即座に遮った。
「でも暖かかったですぅ」
「黙れ」
玲奈が首を傾げる。
「?」
ルルミアは不思議そうな顔をした。
「言ってませんでしたっけ?」
嫌な予感がした。
修二はゆっくり顔を上げる。
「お前、何を言う気や」
「私と修二さん、一緒に住んでますぅ」
部室が静まり返った。
玲奈が固まる。
「……え?」
数秒遅れて理解が追いつく。
「ええっ!?」
修二は頭を抱えた。
「だからそういう言い方するな!」
「事実ですぅ」
「間違ってへんけど!」
玲奈は修二とルルミアを何度も見比べた。
「ちょっと待って」
「なんや」
「同居って……」
玲奈は言いにくそうに口ごもる。
「まさか……」
「?」
「一緒のお布団で寝てるとか?」
修二が盛大にむせた。
「ぶっ!」
だが。
ルルミアがにこにこしながら答える。
「えへっ」
嫌な予感しかしない。
「そうなんですぅ」
玲奈がゆっくり修二を見た。
その目は冷たかった。
ものすごく冷たかった。
まるで汚い虫でも見るような目だった。
修二は慌てる。
「まっ、待て!」
「違う!」
玲奈は何も言わない。
ただ見ている。
冷たい目で。
「今朝だけや!」
沈黙。
玲奈の視線がさらに冷たくなった。
「最低」
「なんでや!」
「言い訳として最悪」
「だから事故や!」
ルルミアが頷く。
「事故ですぅ」
「そうや!」
「蝙蝠の本能ですぅ」
「そうや!」
玲奈は頭を押さえた。
「情報量が多すぎる……」
すると。
今まで黙っていたセラフィナが紅茶を置いた。
「不純です」
部室が再び静まり返る。
「お前まで何言うとんねん」
修二が抗議する。
しかしセラフィナは真顔だった。
「男女が同じ部屋で生活しているのです」
「不純です」
「蝙蝠やぞ」
「不純です」
「天井で寝てるんやぞ」
「不純です」
「会話成立せえへんやないか!」
玲奈が吹き出した。
ルルミアも笑っている。
セラフィナだけが最後まで真顔だった。
「やはり別居を推奨します」
「余計なお世話や!」
しばらく笑い声が続いた。
その後。
玲奈がふと思い出したように言った。
「そういえば」
「なんや」
「ルルミアって家賃払ってるの?」
修二が固まった。
ルルミアも固まった。
二人は顔を見合わせる。
「……」
「……」
玲奈が察した。
「払ってないんだ」
「居候ですぅ」
「堂々と言うな」
「生活費は?」
「たまにですぅ」
「たまにかい」
玲奈は呆れた。
セラフィナも頷く。
「不純です」
「それもう意味変わってるやろ!」
修二が机を叩いた。
部室に笑い声が響く。
冬の空は高かった。
部員は四人。
廃部まであと一人。
問題は山積みだった。
だが。
ルルミアだけは相変わらずだった。
「なんとかしますぅ」
その笑顔を見て。
修二は思った。
嫌な予感しかしない。
と。




