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第18話 帰る場所

 白峰家に平穏が戻るまで、それほど時間は掛からなかった。

 ――いや。

 正確には、平穏ではなかった。

 近所が大騒ぎになったのだ。

「白峰さんとこの奥さん、若返ってない?」

「いや、旦那さんも若返っとるぞ」

「娘さん帰ってきたと思ったら、今度は両親まで若返った」

「白峰家だけ時間の流れがおかしい」

 そんな噂が町中を駆け巡った。

 もちろん、真実を知る者はいない。

 白峰夫妻も説明できない。

 説明したところで誰も信じないだろう。

 結局、

「健康食品です」

 という苦しい言い訳で押し通すことになった。

 近所の誰一人として納得していなかったが。

          ◇

 一方その頃。

 ルルミアは地獄営業第二部で珍しく評価されていた。

『契約二件獲得』

『よくやった』

 鬼塚部長の声が電話から聞こえる。

 ルルミアは思わず飛び上がった。

「やればできる子ですぅ!」

『調子に乗るな』

「はいですぅ……」

 三秒だった。

 褒められてから怒られるまで三秒だった。

 修二は隣で苦笑する。

「相変わらずやな」

「理不尽ですぅ」

『理不尽ちゃう』

『お前が調子に乗るからや』

「はいですぅ……」

 電話はそこで切れた。

 ルルミアは肩を落とした。

 だが口元は緩んでいる。

 嬉しいことは嬉しいらしい。

          ◇

 数日後。

 玲奈の復学手続きが進められていた。

 正確には。

 地獄法務部と市役所と教育委員会が必死になって辻褄合わせをしていた。

「なあ」

 修二が聞く。

「どうやって説明したんや?」

「説明してませんですぅ」

「は?」

「頑張りましたですぅ」

 何も説明になっていない。

 セラフィナが補足した。

「市役所は泣いていました」

「教育委員会も泣いていました」

「そら泣くやろな……」

 修二は遠い目をした。

 三十年前の失踪者。

 見た目十七歳。

 戸籍は存在。

 本人確認可能。

 説明不能。

 役所の担当者が気の毒だった。

「ところで」

 修二が言う。

「今回の件って契約しないんか?」

 ルルミアの表情が少し真面目になった。

「玲奈さんの前回契約は問題だらけだったんですぅ」

「問題?」

 玲奈が首を傾げる。

「重要事項未告知」

「時間流差説明不足」

「未成年契約」

「帰還費用後払い」

 修二が呟く。

「役満やな」

「役満ですね」

 セラフィナも頷く。

「役満ですぅ……」

 ルルミアがしょんぼりする。

「しかも結果として、玲奈さんを地獄で地上時間の三十年分も働かせてしまいましたですぅ」

 玲奈は黙った。

 ルルミアは続ける。

「なので今回は地獄側が責任を取ることになったんですぅ」

「復学手続きも」

「戸籍関係も」

「必要なお金も」

「全部ですぅ」

 修二は感心した。

「珍しくまともやな」

「失礼ですぅ」

          ◇

 そして復学初日。

 玲奈は県立風丘高校の校門前に立っていた。

 三十年前と同じ場所。

 だが校舎は新しくなっていた。

 制服も少し変わっている。

「緊張する?」

 修二が聞く。

「する」

 玲奈は即答した。

「だって三十年ぶりだよ?」

「俺も先輩が同じクラスにいるのまだ慣れへん」

「私も」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 本来ならあり得ない。

 元オカ研部長と、その後輩。

 今は同じ二年生。

 同じクラス。

 地獄法務部の力技だった。

「なんで同じ学年なんやろな」

「私も聞きたい」

「まあ」

 修二は肩を竦める。

「先輩は先輩やし」

「そうそう」

 玲奈が頷く。

「敬うように」

「無理です」

「即答!?」

          ◇

 放課後。

 二人はオカルト研究部の部室へ向かった。

 扉を開く。

 懐かしい空気が流れていた。

 棚。

 机。

 古い資料。

 誰が読むのか分からない怪しい本。

 全部そのままだった。

「変わってないね」

 玲奈が笑う。

「変わってません」

 修二も笑った。

 玲奈はゆっくり室内を見回した。

 そして少しだけ寂しそうな顔になる。

「でも」

「部員、減ったね」

 修二は苦笑した。

「ブームが去りましたから」

「昔は十五人くらいいたのに」

「今は四人や」

 玲奈が振り返る。

「四人?」

「俺」

「ルルミア」

「セラフィナ」

「そして先輩」

 玲奈は少し考えた。

 そして気付く。

「あ」

「あと一人足りないんだ」

 修二は頷いた。

「春の新入生募集終了までに五人おらんと廃部です」

「大変じゃない!」

「大変です」

 部室が静かになる。

 玲奈が聞いた。

「当てはあるの?」

「ないです」

「ありません」

 セラフィナも即答した。

 玲奈は最後の希望を見る。

「ルルミアは?」

 ルルミアは胸を張った。

「ありますぅ」

 全員が固まる。

「え?」

「ありますぅ」

「マジで?」

「なんとかしますぅ」

 修二は嫌な予感しかしなかった。

「その顔やめろ」

「失礼ですぅ」

 セラフィナが静かに言う。

「何か企んでいますね」

「失礼ですぅ」

 二回目だった。

          ◇

 帰り道。

 玲奈はふと思い出したように言った。

「ところで」

「ん?」

 修二が振り向く。

 玲奈は少し言いづらそうに笑った。

「こないだから気になってたんだけど」

「その板みたいな電話」

「ああ」

 スマホだった。

「私も持てるかな?」

 修二は笑った。

「持てますよ。お店で好きなの選んで手続きするだけです」

「そうなんだ・・」

「帰りに店見て回りますか?」

 玲奈の顔がぱっと明るくなる。

「行きたい!」

「じゃあ寄っていきましょう」

「ありがとう!」

「でも、難しそう・・電話だけなら私でもできそうだけど・・」

「俺が教えてあげますよ」

「ほんと?」

 玲奈は嬉しそうだった。

 三十年前の少女にとって、スマホは未来の道具だ。

 興味がないはずがない。

 その様子を。

 少し後ろからルルミアが見ていた。

 じーっと。

 ものすごく不満そうな顔で。

 修二は気付かない。

 玲奈も気付かない。

 セラフィナだけが気付いた。

「あら」

「どうしました?」

「別にですぅ」

 ルルミアはそっぽを向く。

「嫉妬ですか?」

「違いますぅ!」

 即答だった。

 だが耳が少し赤い。

 セラフィナは微笑む。

「そうですか」

「違いますぅ」

 ルルミアはもう一度言った。

 誰も信じなかった。

          ◇

 夕陽が差し込む校門前。

 修二たちは並んで歩いていく。

 オカルト研究部。

 部員四名。

 廃部まであと一人。

 だが。

 なぜかルルミアだけは自信満々だった。

「なんとかしますぅ」

 その笑顔を見て。

 修二は思った。

 嫌な予感しかしない。

 と。

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