第二十四章:凱旋
Camden Crawl、最終日。
SoundCrowdがステージに立った瞬間、会場の空気が変わったのを、冬馬は肌で感じていた。
The Underworldでのライブとは、明らかに違う。観客の数が、熱気が、そして、彼らに向けられる視線の質が。
フロアの前方には、明らかに音楽業界の人間と分かる、腕を組んだ大人たちが、審査するような目でステージを睨んでいる。
「謎の日本人バンド」を一目見ようと集まった、満員の観客。そのプレッシャーは、凄まじかった。
だが、今の彼らは、もうただの無名な新人ではなかった。
蛯名のカウントで演奏が始まった瞬間、冬馬の緊張は、確かな自信へと変わった。
隣でギターをかき鳴らす小鳥の背中が、いつもより大きく見える。俯きがちにベースを弾く鈴の指先からは、迷いのない、完璧なフレーズが紡ぎ出される。
彼らは、この数日間で、本物の戦場を経験し、バンドとして生まれ変わっていた。
その日のライブは、彼らの歴史の中で、最も堂々とした、完璧なものだった。
ライブが終わった瞬間、会場は熱狂的な拍手と、「SOUND-CROWD!」というコールに包まれた。
バックステージは、パニック状態だった。
彼らの元に、名刺を手に持った業界関係者たちが、津波のように押し寄せる。
「素晴らしいライブだった! ぜひ、うちのレーベルと契約を……」
「UKツアーを組まないか? すぐにでもブッキングできる!」
プロモーターのデヴィッドが、盾になるように彼らの前に立ち、興奮して叫んだ。
「見たか! UKのインディーズレーベル、三社からもう契約のオファーが来てるぞ!」
蛯名は、その殺到するオファーを冷静にいなしながら、ビジネス用の笑顔で答える。
「ありがとうございます。ですが、まずは一度日本に帰って、メンバーと話し合ってから、お返事させていただきます」
***
数日後、成田空港に降り立った四人。
日本の、まとわりつくように湿度の高い夏の空気が、彼らを現実に引き戻した。
夢のような日々は、終わった。
だが、彼らは、ただの柏のインディーズバンドでは、もうない。世界への扉を、自分たちの手でこじ開けたのだ。
空港の到着ロビーで、四人は一度、解散することになった。
「数日、休もう。それから、これからどうするか、決めよう」
蛯名の言葉に、全員が頷いた。
その数日後。
蛯名が、自室で、イギリスのプロモーターやレーベルから届いた、山のようなオファーのメールを整理していると、一本の電話が鳴った。
表示されたのは、見覚えのある、東京の市外局番。ARTEMIS RECORDSの番号だった。
相手は、A&Rの木村だった。その声は、以前とは比べ物にならないほど、丁寧で、どこか焦っている。
「あ、蛯名さん! ご無沙汰しております、木村です! いやあ、海外でのご活躍、拝見しましたよ! 素晴らしいですね! 実に素晴らしい!」
お世辞を並べ立てた後、木村は本題に入った。
「……つきましては、以前の件なのですが、あれは我々の間に、少し、いえ、大きな誤解があったようでして……。本当に申し訳ありませんでした。もう一度、お話合いの機会を、改めていただけませんでしょうか?」
蛯名は、木村のその身勝手な言葉を、ただ黙って聞いていた。
電話の向こうで、木村が必死に言葉を続けている。
蛯名は、ゆっくりとタバコに火をつけた。そして、一言だけ、冷たく言い放つ。
「……その件は、俺に話を通すな。ウチのボーカルに直接、話をしてもらおうか」
「えっ……あ、はい!もちろんです!」
電話を切った後、蛯名は、小鳥の携帯番号をタップした。
その口元には、わずかな笑みが浮かんでいた。
復讐の舞台は、整った。




