第二十三章:NMEの片隅で
『The Underworld』でのライブの翌朝。
カムデンのアパートの、軋むベッドの上で目を覚ました冬馬は、全身を鈍い疲労感が包んでいるのを感じた。窓の外は、相変わらずの曇り空。昨夜の出来事が、まるで強烈な夢だったかのように、現実感がなかった。
「……夢じゃ、なかったんだな」
リビングに集まると、テーブルの上には空のビール瓶が数本転がっていた。昨夜、ライブの後にささやかな祝杯をあげた名残だ。小鳥はソファで寝落ちしており、鈴は静かにコーヒーを淹れている。その誰もが、まだ昨夜の興奮の余韻の中にいた。
自分たちの音が、あの音楽にうるさいロンドンの客に、確かに届いたのだ。
昼過ぎ、アパートのドアを乱暴にノックする音がした。
現れたのは、プロモーターのデヴィッドだった。その顔は、初めて会った時以上に興奮で紅潮していた。
「おい、お前ら、見てみろ! 小さな記事だが、載ってるぞ!」
彼が、バサリとテーブルの上に広げたのは、イギリスで最も権威のある音楽雑誌『NME (New Musical Express)』だった。
そこには、昨夜の『Camden Crawl』のレビュー記事が掲載されていた。メインの記事は、もちろん有名なUKのヘッドライナーバンド。だが、そのページの片隅に、SoundCrowdに関するコラムがあった。
『……だが、この夜の真の衝撃は、The Underworldに突如現れた、日本からの刺客『SoundCrowd』だった。天使と悪魔の声を操る、性別不詳のボーカル。予測不能な楽曲展開。その暴力的なまでに美しいサウンドは、我々が忘れかけていた「ロックの初期衝動」そのものだった。彼らが何者なのか、今はまだ誰も知らない。だが、この名前だけは覚えておくべきだ』
英語が堪能な小鳥が、その一文を静かに翻訳して読み上げる。
冬馬と鈴は、信じられないというように、その記事を食い入るように見つめた。
その小さな記事が、大きな波紋を呼んだ。
アメリカのWebマガジン『MetalForge』の記事と、「SOADのお墨付き」という噂、そして、UKロックの聖典である『NME』のレビュー。三つの情報が組み合わさり、SoundCrowdは、フェスティバルの「最大の謎」「最注目新人」として、一気に話題の中心になったのだ。
「電話が鳴り止まなくて、大変なんだぞ!」
デヴィッドは、嬉しそうに悲鳴を上げた。「他のプロモーターや、うちの国のレコード会社の連中まで、『サウンドクラウドとは何者だ?』って聞いてくる。お前らの次のステージ、フェスのメインステージの方は、もう業界の連中でパンパンになるぞ!」
デヴィッドが嵐のように帰っていった後、四人は静かにその記事を眺めていた。
「だから言っただろ。お前らの音は、本物だって」
蛯名が、まるで自分のことのように、誇らしげに言った。
冬馬は、自分の反逆が、父親への嘘が、間違いではなかったのだと、強く確信した。鈴は、自分の書いた言葉が、遠い異国の地で評価されたことに、静かに胸を震わせている。
小鳥は、相変わらず不遜な態度で、窓の外を眺めていた。
そして、ゆっくりと呟く。
「……ようやく時代が、俺に追いついてきたか」
その言葉は、小鳥が、あのレコーディングスタジオでの屈辱から、完全な自信と、自分たちの音楽への絶対的な確信を取り戻したことを示していた。
彼らの次のステージは、もうただの新人枠ではない。フェスティバル中の誰もが注目する、真価の問われる戦いの場へと、変わっていた。




