第十八章:世界からのノイズ
渋谷でのゲリラライブから一夜が明けた。
四人は、蛯名の部屋の、固いフローリングの上で雑魚寝をして目を覚ました。
身体の節々は痛かったが、不思議と心は軽かった。
テレビの朝のニュース番組が、昨夜の渋谷の騒動を、呆れたように報じている。
「週末の渋谷駅前で、正体不明のバンドが廃ビルからライブ音源を流し、一時騒然となりました。警察が駆けつけた際には、すでに機材などもなく、もぬけの殻だったとのことです」
コメンテーターが「迷惑な話ですねえ」と顔をしかめるのを見て、小鳥がテレビに向かって中指を立てた。四人は、それを見て笑い合った。
「すごいことになってるぞ!」
冬馬が、蛯名のPCを借りて匿名掲示板をチェックしていた。そこには、すでに昨夜のライブに関するスレッドが、いくつも乱立していた。
『昨日の渋谷のゲリラ、聴いたやついる?』
『音質最悪だったけど、曲はマジでカッコよかった』
『ボーカル、女か男か分かんなかったな』
『誰か、バンド名知らねえの?』
自分たちの起こした「事件」の反響を見て、四人は顔を見合わせる。バンドは、完全に復活を遂げていた。
***
数日後。
鈴は、自室で、いつものようにLive365の管理ページを眺めていた。
ゲリラライブの後、彼女は再びあの配信サイトに、自分たちのデモ音源を少しずつアップロードしていたのだ。
すると、信じられないことに気づく。
これまで数十人程度だったリスナー数が、ゲリラライブの日を境に、数千、数万へと爆発的に跳ね上がっていた。
(……なんで?)
アクセス元を調べてみると、そのほとんどがアメリカ、イギリス、ドイツ、北欧など、海外からだった。
鈴は、必死にその原因を探った。
そして、海外のアンダーグラウンドな音楽フォーラム(掲示板)で、一つの書き込みを見つけ出す。
誰かが、あのゲリラライブの音を録音し、それが海外のファイル共有サイトに「Mystery Japanese Band - Live In Shibuya (Bootleg)」といった名前でアップロードされていたのだ。
その、ノイズまみれの海賊版音源と、彼女が配信していたクリアなデモ音源がリンクされ、「この謎のバンドの正体を知っている者はいないか?」と、世界中の音楽マニアの間で、小さな嵐が巻き起こっていた。
***
「……海外? 俺たちの曲を?」
いつものマクドナルド。
鈴が開いたノートパソコンの画面を覗き込み、小鳥と冬馬は、全く実感が湧かない、という顔をしていた。蛯名でさえ、その規模の大きさに驚きを隠せない。
画面には、見慣れない英語やドイツ語のコメントが並んでいた。
「This shit SLAPS so hard! Never heard vocals like this from Japan!」
(この曲マジでブチ上がる!日本からこんな声が出るとは!)
「Absolut brutal, aber wunderschön.」
(絶対的にブルータルだが、美しい。)
「Proper underground vibe. You can tell they don’t give a toss about the mainstream.」
(これは真のアンダーグラウンドだ。商業なんて一切気にしてないのが分かる。)
「……すげえ」
冬馬が、呆然と呟く。自分たちが、ただ「本物」を求めて鳴らした音が、本人たちも知らないうちに、海を越えている。
その時だった。
鈴のメールソフトが、ポロン、と可愛らしい新着メールを告げる音を鳴らした。
差出人の名前は、英語。アドレスは、海外のドメインだった。
件名は、『Interview Request for "Mystery Band" from Tokyo』。
差出人は、海外の有名メタル系Webマガジン(ウェブジン)『MetalForge』の編集者を名乗っていた。
鈴が、震える指でメールを開く。
そこには、流暢な、しかし熱のこもった英語で、こう書かれていた。
「君たちの音楽をLive365とブートレグで聴いた。衝撃的だ。我々は、どうしても君たちにインタビューをしたい。来週、我々の記者が別の取材で東京へ行く。もしよければ、会えないだろうか?」
四人は、ノートパソコンの画面に映し出された、その「世界からの招待状」を、ただ呆然と見つめていた。
自分たちの音楽が、自分たちの想像を、遥かに超える場所へと、歩き始めていた。




