一品目 八尺様と手巻き寿司(4)
彼女たちはズルかった。八尺様もトモシビもどちらもズルかった。なんたって、今の私に欲しい言葉を用意してくれていたのだから。私が何か月もずっと、ズルズル引きずってきて。誰かにずっと言ってほしかった話を投げ掛けてくれたのだから。
「ズルい……ズルいよ……」
「だからね。今はちょっと力を抜いて休もうよ。人間さんは人間さんでお仕事とか大変って分かるけど。ちゃんと生き抜きする時間も作ってね。少なくとも今だけは……」
「ズルい」
気付けば、私は八尺様に擦り寄って泣いていた。それがまたどれだけ失礼に当たるのかも分かっていながら。困らせてしまうことを分かっていても、わんわん子供のように泣いてしまった。
甘えてしまった。八尺様はそれが仕事でも言うかのように。とても暖かい感じで私の頭を擦っては、ずっと撫でてくれていた。
「……落ち着きましたか?」
だいぶ時間が経って、彼女は私の頭から手を離している。今更ながら少し恥ずかしくなってくる。
「だ、大丈夫です……すみません。ありがとうございました」
残った食材は私が皆さんも食べましょうとのことで。私が八尺様にも作ってあげておく。私だけ何かされるのもズルいと思うから。
彼女は私がごちゃまぜというか、全て材料を入れたものも喜んで食べてくれた。山の神と言うより、包容力の神。母神、女神とも言えるだろう。
私は生涯を掛けて、この人を推すんだなと今更ながら思えたのだった。
「やっぱり八尺さんの持ってきてくれる野菜はしゃっきりして、美味しいな。今度椎茸の煮物とかも入れてもいいかもしれないな。椎茸となると……へそに見立てるか?」
「トモシビさん、それだと雷様のコラボグルメにちょうどいいんじゃ」
「確かに……ね。案としていいかもな。よろしく!」
隣でワチャワチャしている様子を見るのも楽しい。私も近くで笑わせてもらっていた。こうやって誰かと一緒にテーブルを囲んで食べるのはいつぶりなのだろう。
ふと実家で食べた鍋のことを思い返していた。
そしてその時にやったタバスコのイタズラを思い返してしまった。そういや、トモシビという方はイタズラで時々人を呼んでたという。
ならばと私も少しやりたくなってきた。
彼が手巻き寿司を巻いている最中、八尺様に話すため目を離す。その瞬間、彼が用意していた米の中にワサビをそっと隠していく。
「で、こういうのはどうなんだ? 君もどう思う?」
「えっ、私ですか? ええ、凄い面白いと思いますよ!」
いきなり話を私に向けられたことについては戸惑ったが。どうやら気付かれていないらしい。
普通に巻いていく。いきなりお前も食べてみろと言われるかもと怖がったが、そんなことはなかった。
彼もいろんな具材を乗せて、巻いていく。
「ふぅん……グッ……ちょっ、何でワサビが!?」
彼の澄ました顔がワサビによって青色に変わっていく。今まで人間を驚かしてきた仕返しだ。
「ふふふっ」
「い、いつの間にかワサビを盛ってやがったのか……お前……」
「これに懲りて、駅で驚かせるっていうのは控えてくださいね。怖がりの人もいるんですから」
「うう……それは父さんたちが勝手にやったことで……ひぃいいいい、いや、加担はしたけど……食べ物で遊ぶなよ」
「人様で遊んじゃダメだよ……まっ、無駄になるんだったら食べるけどさ」
「いや、僕が全部食べるよ……うう。罰の味……!」
に、してもだ。ワサビは効く。自分も手巻き寿司と共に食べて、ツンとした辛みを感じていた。
「ふふっ、罰がワサビ。妖怪ってワサビでも例えられそうね。コラボグルメって言うんなら、ワサビで彩るのも面白そうね」
その言葉にふと八尺様がこちらを見た。少し驚いているような目だ。
「……ねぇ、アナタって妖怪のこと、好きなの?」
「妖怪や怪異が大好きで。博士って程じゃないとは思うけど……」
そこで八尺様は持っている手巻き寿司を震わせて口にする。
「だったら! トモシビさん、この方をお手伝いとして雇うってのはどうです?」
その提案については私の目がかっぴらいた。
「私がお手伝いですって!? えっ!?」
「アナタ、何か仕事とかしてる?」
「いえ、フリーターで。定期的な仕事は探してる最中というか」
「だったら、フリーな感じで雇っちゃえばいいじゃない! トモシビさん!」
彼は水を飲んでようやく落ち着いたところで、八尺様の提案に首を傾げている。
「ここに人間を雇う?」
「お客さん人間なら、人間いた方がいいじゃない。しかも、この子のキーホルダー見てください。推し活っていうのにだいぶ詳しいんじゃないですか?」
褒められていると言っても良いものか。一応照れておく。
「まぁ、そういうところは人一倍詳しいかもですが……」
勝手に八尺様は決めていく。こういう決断が速いところはある意味、人間とは違ったところなのかもしれない。
「じゃあ! ちゃんと給料は出るし。ウェイトレス一人位なら、大丈夫でしょう?」
「ん……ま、まぁ……何とかなるか?」
「アナタはここにいる怪異みたいなものだから、動けはしないけど、この子は全然違うし……あっ、でもそう、辞めたくなったら自由に辞めていいですからね!」
八尺様に心配される私。「は、はい!」と言うしかないようで。
正直、いきなり職が決められることとなり、不安しかない。ただ、だ。
「まぁ、でもまかないを作る人手が増えれば……少しは楽になるか」
トモシビの一言で今、不安は消え去った。
「まかない……あるんですか?」
「えっ、まぁ。味見のためとか、残ったものとかって色々な名目で食材を使用しないといけないし……取り敢えず、まかないは……」
たぶん、今まで我慢して来た分が爆発したのだろう。
「じゃあ……よろしくお願いします!」
「変わり身はやっ……やっぱ人間じゃなくて、この子妖怪だったんじゃ?」
八尺様はこうも告げる。「結局、大事なのは人間なのか、妖怪なのかじゃないんですよ。何を大事にできるか、愛せるかです」と。流石、年の功。達観していらっしゃる。
ただ、私もそう見習いたいと思ったのだが。
数分後に疑問と怒りで埋め尽くされることとなる。
私自身が妖怪「クレーマー」になるのは、この数秒後、運転席がモデルとなった経理室に入った時のことであった。




