一品目 八尺様と手巻き寿司(3)
彼女はすぐに何処かに消えたと思いきや、すぐに戻ってきて。アルコール消毒をしたところを見るに手洗いをしてきたのだと思われる。
そこで彼女に質問チャンス。
「あ、アナタが手巻き寿司を握るの?」
「あれ……? 他人の作ったものは食べられないとかありましたか? それとも好き嫌いとか?」
「いえ、そういうものじゃなく! 八尺様が手巻き寿司を握るっていうのがびっくりして……!」
妖怪というものは人間から恐れられてなんぼの存在でもある。その彼女が人間に尽くすこと自体が驚きだった。とは言えど、創作の中では八尺様が料理をする場面も存在している。
ただその中でも手巻き寿司を振る舞ってもらえることに驚いていた。
気付けば彼女は慣れた手つきで食材を巻いてくれていた。
「お腹が空いていたと思うので早速!」
「あっ、じゃあ、いただきます!」
手巻き寿司の中にはマグロと玉子、キュウリが入っていた。まずは彼女のお勧めということだろう。
表面に用意されていた醤油をつけて。
はふり、口の中へ。
マグロの爽やかな感じが口の中に転がっていく。そしてトロけていく。このマグロが安価なものではないと一瞬で気付く程の歯ざわり。その隣では甘く調理されている玉子のふわりふわりと弾けてくれている。その二つの柔らかさがキュウリのシャキシャキ感を増強させているのがいい。
手巻き寿司というのは、互いの食材がマッチングして相乗効果で美味くなるという特別なメニューだ。
しかも、米にも味がある。酢だけではなく、米本来の甘味と旨味、新鮮さがある。この酢飯さえあれば、ご飯を何杯も食べられる。いや、この米本来を別のご飯に乗せたとしても、おかず要らずでお代わり必須。
「なにこれ、米自体が美味しいんだけど……何処の米、使ってるの……?」
もしこれが黄泉平坂の飯。食えば現世に帰らなくなると言われても後悔しない。今後もこの美味しいご飯を食べられるのだから。
ただ八尺様はしっかり現世産地のものを作っていると教えてくれた。
「これはわたしの故郷のお米を使っているんです。美味しいって言ってくれて、良かったです……」
「ってことがキュウリも?」
「ええ! 今日のためにお持ちしました! ニンジンは季節じゃなかったので用意してもらったんですが」
なるほど、だ。コラボメニューの本当の姿が見えてきた。
この時間が経って、しっとりして。黒い海苔で黒い髪。白い米で白い肌を表現している、まるで八尺様を思わせるような手巻き寿司。
中身が更に重要だったのだ。
八尺様が住む田舎で採れた野菜に囲まれて。
次のマグロとサーモンが入った手巻き寿司を食べて考える。
きっと、このマグロやサーモンは田舎で子供と一緒に釣った川の魚を連想させているのではないだろうか。
食べるごとに、ふんわり知らない青空と山里の風景が記憶の中に呼び覚まされていくよう。小川のせせらぎまで聞こえてくる。もしかしたら前世の記憶なのかもしれない。
ああ、ここでずっと八尺様が暮らしてきたのだな、と思う。やはり彼女は羨ましいとも思ってしまう。
「八尺様はいいなぁ」
「どうしてそう……思われたんですか?」
彼女は少し体を縮ませながら、私に問うた。
「やっぱり体が大きくて力があって。それでいて何か田舎の神様みたいに思われているし、アナタのようになりたいなぁ……って本人の前で言うのもおこがましいけど……」
彼女は私の言葉が分からないように首を傾げていく。
「そうですかね?」
「何か困ったことでもあるんです? あっ、大きな体だと電車に乗りにくいとか?」
「あっ、いえ。人間さんに混じる時は体を小さくできるのでいいんですが、力があるものって別に自由じゃないんです」
「えっ?」
「力があるからこそ、勝手な期待をされてしまうんです。この山は山の神がいるから安心だって。だから山の全部を管理しないといけない。守り神のいる山で事故や山火事なんかがあれば……それこそ妖怪の権威を壊しかねない大問題ですから」
ふと考えさせられた。岩盤落下の事故でギリギリ助かっただとか、河の事故で溺れそうになったけれども気付いたら陸にいただとか。
それを助けているのが八尺様だとしたら。力があるだけでできることではない。力があっても岩盤を引っ張っていたら、辛いだろう。水の中だってそう。
なのに私は妖怪は自由で、力があって羨ましいだなんて。妖怪に生まれただけで好かれていいなぁだなんて、考えてどれだけ自分勝手なのだろうか。
「……実際はちゃんと存在して、頑張ってるのに……なんて失礼なことを考えちゃったんでしょう……すみません」
「えっ?」
「何の力を持っていない人が勝手にがやがや批判して、八尺様からしても迷惑な話ですよね。しかも勝手にあらぬ伝承まで付け加えられていく始末」
人間のことが嫌なはず。そう思っていたのだが。彼女は牛肉のしぐれ煮らしきものを巻いて、こちらの口に。
「別に困りませんよ。わたしだって、人間さんに勝手な印象を持つことはありますから。人間は悪い奴がいる。でもいい奴がいる、みたいに。それはお互い様なお話じゃないですか」
「……ええ?」
「許されたいんだったら、全然許しますので言ってください。正直、わたしは迷惑どころか嬉しいです。こうやってわたしのことを理解してくれる人がいて。憧れてくれる人がいて。こう見えても、根は臆病でなかなか人に評価を聞けずに……どう思われてるのか心配でした。でもこうやって、はっちゃけていただいて……色々救われました!」
その笑顔で私自身も少し泣きそうになる。
「……救われた? こんな私の言葉で? 私なんかが憧れたところで?」
「なんかじゃないと思いますよ」
「こんな不器用で、自分勝手でどうしようもない奴なんですよ?」
「それは一般的に見えてるところじゃないですか……その内面はどうなんだって話です。わたしからすれば、アナタはさっき食べてもらったキュウリです」
腐ったミカンなら分かるのだが。キュウリとは何だと涙が引っ込みそうになっていく。すると、「分かりました」と言ってトモシビが奥の部屋へ。
すぐに戻ってきた彼の手には曲がったキュウリが握られていた。そして「今日はこういう形のを取ってきてもらいました」と彼は言う。
「えっ……?」
八尺様は「ちゃんと農家の方に話してもらってきましたからね」と言い加えてから。
「売り物にはならないと言われがちですが。それは見た目だけでしょう。本当の中身なんて、実際に関わってみるまで分からない。それなのに自分がダメだなんて勝手に思わないでください。手巻き寿司もそうじゃないですか。あのキュウリはどう生かすのか、と思ってましたが。手巻き寿司の他の具材がキュウリの味がタンパクっていうのをカバーして、美味しさだけを教えてくれる。これはキュウリを適当に使ってはうまくいきません」
「ってことは……つまり」
「人っていうのは適材適所が存在している。一見ダメと思えても、違う場所、違う仲間と一緒なら輝ける。何処へでも誰とでもうまくいく、なんて食材は存在しません。食べ合わせが悪ければ、どんないい食材もダメになってしまう。完璧なんて求めなくたっていいんです!」




