一品目 八尺様と手巻き寿司(2)
人が存在すること自体は理解できたから、孤独との恐怖は消えていく。変なことを言えば、何が遭っても目の前の男を盾にして逃げることはできる。実際そんなことはせず、逃走に専念すると思うのだが。
今は恐怖よりも疑惑が勝ってしまった。
「喫茶……店? というか、何で都市伝説で有名なところに来れちゃったの? 私、ただ寝てただけなんだけど!」
「なるほど、ここに来てしまったことが不思議と……ここに来るお客様は怪異や妖怪に会いたいという気持ちを持ったお客様が迷い込むのです。後はこちらが呼び込みが交わった際に入れることになります」
トモシビの言葉で最初に迷い込んだ人のことについて怪異マニアとしては聞きたくなってしまったのだ。
「じゃあ、最初はどうして驚かせるような真似をしたの? ネットで変な噂が流れていたんじゃ……」
「その方、線路でお爺さんに会いませんでしたか?」
「え、ええ……」
「ってことは、うちの父のイタズラですね。何もない時は時々人間を迷い込ませて遊んでいたらしいです。実はあれが最初ではないんですよ。大昔から余興として人を呼び寄せて、その反応で遊んでいたんです。勿論、飽きたら元の場所にお返しして」
「悪趣味だ……」
「大人しくて、何も言わなそうな人を選んで呼んでましたね。各地に異界駅という噂は流れましたが、それ位ならと思っておりましたが。まさかそれをネットで晒されてしまうとは……」
「もはや不祥事じゃん」
「当然、父には説教ですよ。イタズラする相手をしっかり選べと……父は数年はべらべら喋らないように釘を差してはおいたから……って言い訳してましたがね。数年じゃダメなんですけどね……」
確か以前迷い込んだ人は七年後に生還したとの記録を掲示板に残した気がする。つまり、本当はずっと前に黙る様に言われてた裏事情があったのだ。
色々駅のことを知ってしまうと、何だか怖さが消えてしまう。何だか拍子抜けした気分にも陥ってしまう。
結構私って自己中心的だ。最初は怖がっておいて、内容を知って勝手に呆れてしまうだなんて。怪異には怪異の都合だってあるはずなのに。
ただ普通に帰れることも分かった今、心に余裕が生まれている。
「あの……! 写真とか撮っても?」
「ネットに公開しなければ……」
「ありがとうございます!」
駅の実体について、本当に撮影できる時が来るとは。少し感動しながらスマートフォンの撮影ボタンを押していく。
最中、後ろにいた彼から声が掛かった。
「で、会いたい人がいるってことで呼び出したんですが……そろそろよろしいでしょうか?」
「あっ、そうだった! すみません!」
と言われてハッと思い出す。私が会いたい人というのは、八尺様だ。
「では八尺さん、出番です!」
トモシビの声で奥の扉が開く。そこには電車の天井スレスレにまで背が伸びた黒髪ロングの女性が現れた。フリフリのウェイトレスを着飾って、丸いお盆を持って。
「はい……臨時バイトの八尺です……よろしくお願い致します」
胸がドクンと飛び跳ねた。
彼女は少し首を下げておどおどしてはいるものの、憧れの八尺様であることは間違いない。
私は興奮して口から変な声を上げてしまっていた。
「ぽぽぽぽぽぽぽぽぽ……!」
八尺様は静かに笑っている。
「あらら……変な言葉遣いになってますよ?」
「そう言えば八尺様は普通に喋ってますよね?」
「世間では確かに喋らないイメージで通ってますね。でも普通に話します……ただ、驚いた時とかに出る声はその声なんですよね」
彼女から私の知らないがたくさん出てくる。他の人が知らない妖怪情報が私の中に集まってくる。妖怪を知りたいとの知識欲がある私からしたら、今は快楽の海。加えて推しに会えている真実。溶けて消えてしまいそう。
トモシビがポツリ。
「お客様自体が怪異になり掛けてないか……?」
八尺様はこちらに近付いてきて、肩を揺らしている。
「おーい! 起きてください!」
「あっ、ダメ……八尺様が起こそうとしてくれている。ラベンダーの匂いがするよー」
やはり、美しい。前髪がふらり揺れている姿が可憐で。
目の薬になる。この私の汚れたものを見てきた、瞳が浄化されていく。
「……ああ、なんて……なんて……」
「あっ、そうだ! トモシビさん、この人お腹空いてるのも相まって大変なことになってるんですよ! 料理を……」
私は彼女の腕に運ばれ、座席へと連れていかれるのが薄れそうな意識でハッキリと分かった。
脳みそまでとろけそうな状況で聞いてみる。
「あ、あの……お金そんな持ってないですけど、大丈夫……ですか?」
「お代は人間の精力がお目当てなの」
本当なら驚くところだろう。
「力ってことは寿命を吸われるってこと……?」
寿命を八尺様に吸われるのならば本望だと思うところもあった。
「いえ、寿命じゃないんです。お腹一杯になった時のお客様の幸福感をおすそ分けしてもらえれば、それでいいんです。私も昔は田舎で駆け回る元気溢れる子供からそういうのをずっと貰ってたんですが、残念ながら少子高齢化が酷くて」
「……子供がもういない?」
「ええ。孫達がいなくなって質素な生活をしているお爺ちゃんお婆ちゃんから貰うのは何だか忍びなくて。ちょっと貰っても、あんまり力にならなくて……だから時々、ここでバイトして貰ってるの。今日は元気になるわね……」
「今は妖怪も結構大変なんですね……」
そんな私の元に暖かい空気が流れ込んでくる。トモシビが持ってきたのは、まるまる大きな炊飯器だ。
どうやら、この店の説明もしてくれるらしい。
「で、僕も考えてみたんです。幸福感を最大限までに出す方法はやはり推し活なのではないか、と……なのでここではその大好きな妖怪に関するコラボメニューを食べてもらうってコンセプトで喫茶キサラギを運営させてもらってます」
「でも、それってどうやって運営してるんですか? 儲け少ないと食材の仕入れとかも……大変ですよね?」
「まっ、時折他の妖怪にも食べに来ていただいてお代を貰ってるので。人間様はご心配なさらずに、ゆっくり過ごしてくださいな」
トモシビはご飯を皿に置いていく。ステーキハウス式のライスを提供されるのかと思ったのだが、匂いで違うと気付いた。酢飯だ。がっつり酸っぱくて食欲を誘う、この香り。
そこに近くに並べられているは海老や棒状のマグロ、サーモン、真っ黄色な玉子に瑞々しい真みどりのキュウリ、ニンジン。お肉を甘辛く似ているようなものまである。
そして、いつの間にか大きな海苔や竹製の巻きすも用意されていた。
これは……。
トモシビが皿を八尺様に渡していく。
「では八尺さん、お願いします」
全て皿に置かれている状況でウェイトレス自体が解説してくれた。
「さて、今日はわたしウェイトレス八尺が手巻き寿司を作らせていただきます!」




