一品目 八尺様と手巻き寿司(5)
彼は至って普通に、平然と、マニュアル通りのような案内をしてくれていたのだ。
「ええと、乗り込んだのが三号室。ここが入口とカフェスペースになっていて。二号室はまるまる厨房になっている訳だ」
電車の座席があっただろう場所が今や、キッチンに。コンロやフライヤーなんかもきちんと完備されている。電車を改造してカフェにしてしまう発想自体に驚きで新鮮さを感じられた。
トモシビ。駅員のような格好をして、この駅自体を擬人化したような存在に思われるのだが。一体彼が隠し持つ力とは何なのだ、と。単に人を迷い込ませる妖怪や怪異だけだとは思えない。
近くで八尺様も褒めたたえている。
「ほんとっ、ここっていつ来ても驚きですよ。まさか都市伝説がこんなキッチンに変わっちゃってるんですから」
「で、ですね……」
で一号室に連れていかれる。厨房から繋がっているそこは端に試着室のような仕切りも用意されていて。八尺様が先に「わたしはもうすぐ上がるから」と入っていく。
すぐに麦わら帽子と白い格好で現れる彼女。八尺様好きにはたまらない服装だ。
「ウェイトレス姿も良かったけど、そっちもたまりません……また時々、バイトに来てください」
「もちろん! って言っても、時間が掛かっちゃうから本当に時々だけどね」
と思ってふと考える。八尺様は東北地方に多く目撃される怪異。
「ん? 秋田の方から来てたりします? お米美味しかったし」
「そっ! そこから電車で! 妖怪と言えど、瞬間移動は使えないから。力があると言えど、お米は重かったなぁ。先に配送してもらっとけば良かったかも」
何処に配送してもらうつもりなのだろうか、と。トモシビは「中継地点がないから人間には運べないんだよな」と呟いている。「だから妖怪のネットワークに頼るしかないんだけど、今飛脚が結構割高だし……」と。
「……えっ?」
何だか嫌な雰囲気が。空気が悪いとかではなく、心の中で違和感が拭えないような感じ。
「……ここって、静岡ですよね」
恐る恐るトモシビに尋ねてみる。
「ああ。愛知県よりの静岡の伝承だ。入るにはその鉄道に乗らないといけないんだがな……はい。行きと帰りの交通費」
彼は淡々と彼女に封筒を渡し、「確かに貰いました」と懐に。
まだまだ嫌な感じが止まらない。進んでいく部屋の奥。そこで見てしまったのは、運転席がそのまま残っているものの、中には請求書やら納品書やらが置いてある。
一応OLをやっていた時に経理も学んだことはあった。結局、お金がどういう風に流れているのだったか。若い私には税金の仕組みさえ理解できていなかったのだが。中を見るだけで嫌な予感は的中してしまった。
「美味しかったけどさ……美味しかったけどさ……」
あまりにも高級過ぎる魚や野菜の納品。他にも高級品が続々と納品されている。トモシビは少し汗を流しながら。
「……ど、どうした?」
「これ、やってけるの?」
いつの間にか私の口から敬語が消えていた。自分でも分かった。この気持ち、止められないと。
「一応、妖怪がお金をくれるって言っただろ?」
「高級志向なの?」
「骸骨系、落ち武者が多いんだけど……そういう訳ではないな」
「骸骨ってことは舌や嗅覚はないのよね?」
「味とか食感、匂いより雰囲気が大事って言ってたな。味はともかく、いろんなものを作ってくれるって感覚が大人気だとか」
つまるところ、だ。今、この喫茶店で起きていることは一つ。
「この妖怪コラボメニューを出す喫茶店って……斬新で凄い素敵なアイデアなのに、こいつのせいで潰されるっ!?」
「店主の前でそれ言うか!?」
この発言に対して、トモシビも八尺様ものけぞって驚く始末。そして八尺様もポツリ。
「確かにサービスをよくしようとしてるけど、結構トモシビさんって絡まってる気がしますよね。それにまかない目的で、いいものばっかたくさん仕入れてませんか?」
厳しいコメントに対し、後ろに下がりそうになるトモシビ。
「いや、まぁ、骸骨たちが結構お代くれて」
「それって、落ち武者ってさっき言ってなかった……? 落ち武者ってことはそれなりに使わずに死んでしまったってことですから一応はお金を持ってるでしょうけど」
「そうだろ?」
「でもそれって限りがありますよね。ここ最近始めたばっかって考えたら、そのうち尽きますよね?」
「……一応、上司が残した埋蔵金とかも……」
「日本の埋蔵金伝説ってどんどん少なくなってるの、知ってます!?」
「えっ? あっ?」
八尺様は私のことを見ていてくれたのかもしれない。だから私を推薦したのかもしれないと。
彼女が喋った言葉で確信した。
「アナタの妖怪は信じてるけど、経済的で意外と現実主義ってところ、凄い素敵だと思うんです……トモシビさん? ちゃあんと見張られててくださいね」
「えっ? あっ、ちょっと……八尺さん!? 家に帰る前に」
「じゃあ、また会える日まで!」
彼女はそのまま電車を降りていく。トモシビも下車しようとしていたが、逃げないよう腕をがっしりと掴んでおく。
「私もそこまで詳しい訳じゃないけど……ちょっと色々お話しましょう」
「えっ!?」
「確かに会えるっていうサービスは最高だと思いますが! そればかりだと出張費も掛かる! その上、不在だった時はどうするのか、その妖怪も消えることだってあるでしょう。その際は? 期待だけさせて無しにするのか?」
「君……本当に初めて? 一回コラボカフェとか経営したことある?」
「ただの推し活客のクレームです! 確かに会えることで最高潮になる人もいるでしょうが、推しに実際会いたくないって人もいます! イメージと崩れてしまうから、自分を見せたくないからって色々距離感もあります! ただ会えばいいってのは全く違うんです! それにこのままだと噂としてホストクラブ、キャバクラみたいな印象になり、それもありなのかもしれませんがここのイメージとしては全く違います! 推し活に来た人がしっかり楽しめるものに……」
後々は腐敗や泥の神など衛生的にそぐわない妖怪のことを説明していく。
ただ、何だか聞いてくれる彼の顔が少し笑っているような感じもする。馬鹿にしたようなものでもなく、頭ごなしには否定せず。こんな私の意見も聞いてくれているのだと。
何だかここで働くのが楽しみになってしまっている自分がいた。




