第7話 「不審者卒業」
「お姉ちゃん、行ってきますね」
「うーん……おやすみなさい」
「……お姉ちゃんもう朝ですよ」
ガチャ
美桜の足音が遠ざかる。
美桜との添い寝が始まってから約2週間。
実はあの日の朝に目を覚ました美桜が、「あ、私お姉ちゃんが生きてるか毎朝確認しないと耐えられないかも……」とよく分からないことを言ったのであれ以来一緒に寝始めた。
とにかく、あれから2週間だ。
私には日常が戻っていた。
なぜだろう
いや、敢えて言おう。
まだ脚本を知らないからだと。
美桜にもまだ管理局と話をしてないことや、脚本が配られていないことは言えていない。そりゃ恥ずかしいもん。20になるお姉ちゃんのプライドとして、まだその程度のことで躓くというのはすごく恥ずかしい。
……そろそろ起きるか
私も今日は大学に行かなければいけないので、準備をして、家から大学へ出発した。
すると、駅に向かう道の途中、見覚えのある子がいた。
「おはよう。凪ちゃん」
凪ちゃんは中学校に向かっているのか、私の反対方向から歩いてきた。
凪ちゃんは私に気がつくと、少し困ったように眉を寄せた。
しかし、ふぅ……と息を吐くと、口を開いた。
「おはようございます。美香さん。」
その時の彼女は以前会った時と変わらないように見えた。
前回、可愛いなぁと思ったのを覚えていたが、またあっても思う。
「可愛いなぁ……」
また前回と同じく、凪ちゃんの耳が赤くなる。
「あ、ごめんごめんつい。」
「いえ、褒めていただけるのは嬉しいこと、なので」
凪ちゃんは困ったように笑う。
まだ少し壁があるような気がする。いや、あって当然か。最後に会ったのは給食を食べた時で、そもそもあれが初対面だった。
この壁を解消するには……
「敬語じゃなくていいよ。話しづらいでしょ?」
「い、いえ、そんなわけには……」
「いいからいいから。なんなら、美香って呼んでよ」
「な、名前呼び捨ては難しいけど、敬語は辞めるわ」
彼女は背が高いし、可愛いし、背が高いし、胸が大きいし、背が高いし、背が高いから、全然年下という感じがしない。
私より背が高いんだもんなぁー
わたしは見上げなきゃいけないのになぁ……
私これでも平均身長ぐらいなんだけどなぁ...
「こんなところで何してんの?」
「今から中学校に向かうところよ」
「予想通り。」
私はニヤリと笑う。
「そ、そうですか」
「敬語」
「あ、えと、…そ、そう」
なんだか彼女は、いじりがいがある子みたいだ。
「そういえば、凪ちゃんは部活に入ってるだよね?何部?」
「部活?魔法少女の活動で忙しいから入ってないわよ?」
「え?あれ?理子ちゃんが部活に入ってるって……」
凪ちゃんは少し眉をひそめた。しかし、すぐに元に戻った。
「理子は人をからかうのが好きだから、その対象になったんじゃないかしら?」
凪ちゃんは目を細めて、無くしものを探すみたいに私を見た。
「そうだったのかなぁ……」
私には理子ちゃんがからかうことを好きなようには、見えなかった。
理子ちゃんの表情の大抵は違和感がある。
どちらかというと……
いや、今考えることじゃないな。
と思って意識を凪ちゃんに戻したら凪ちゃんは私を真剣に見ていた。
「……凪ちゃん?」
「あ、いえ、なんでもないわ。」
凪ちゃんは少し考える間を空けて、また口を開いた。
「私たち魔法少女は契約妖精を呼び出す権利を持っているのを知っているかしら?」
「知らない」
そういえば美桜が妖精と契約がどうとか言ってた時があったなー。
……凪ちゃん、凪ちゃんも厨二病なの?
魔法少女って立場になると厨二病になってしまうのだろうか。
「今から教えるからやってみてもらえないかしら?」
凪ちゃんは真剣な顔だ。
まただ。また私は契約とか妖精とか、それらがなんなのか聞くことができない。
「いいよ。暇だしねぇ〜」
よく分からないけど、乗るのが年上のお姉ちゃんの勤め。
「まず、魔力を手の中に集めるの。」
まず魔力??
いや、そもそも、
魔力って何?
凪ちゃんの厨二病は、そんなとこまでいっちゃったの?
未知なる謎エネルギーを感じられるようになったんだね。
それ以上先は危険だよ。
私は厨二病の経験者として警告したい。
しかし、まぁ、乗るのが、年上のお姉ちゃんだろう。
「それで?」
促してみる。
「その魔力を胸の心臓辺りに持って行って、来いって命じたら呼び出せるわ。」
よく分からないけど、手を胸の前まで持って行って、
「来いっ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「……………………………………はぁ〜凪ちゃんさぁ……」
「だ、騙してないわ!本当にそうやって……」
凪ちゃんは急にハッ!と言うとブツブツと呟きながら考え始めた。「……そもそも契約相手がいない?……もしそうならどうやって魔法少女に……」
凪ちゃんは少し焦った様子。
全部聞こえる。
美桜といい凪ちゃんといい、人生経験が浅いからか、人の目の前で独り言を言うんだよなぁー。
内容を聞くに、どうやら魔法少女のシナリオ関係の話みたいだ。
ならまぁ、なるようになるだろう。
私から何かアクションをおこす必要は無いしね。
ふと時間が気になり、腕時計を見る。
「あー凪ちゃん。私電車逃しそうだから、もう行くねー」
「あ、え、えぇ。それじゃあ、さようなら」
凪ちゃんが手を振る。
「さよなら〜」
私も手を振り返しておく。
———————————————————————————
とはいえだ。
私の姿は家の自室にあった。
先に言っておくと、大学の予定はちゃんと終わらせてきた。
彼女達の魔法少女コミュニティに溶け込むには厨二病である必要があるのがわかった。
今回、凪ちゃんになにかの儀式のようなものを教えてもらった。そして恐らく、それこそが美桜が言っていたもので間違いないだろう。
となると、見た目だけでもぽくなるように練習するべきだろう。今日の凪ちゃんの沈黙はきっと、出来があまりに酷かったからだろうしね。
「来い!」
「来て……」
「早く来なさい!」
「来ないと殺すわよ?」
「いらっしゃい!」
「カム!」
「来るんだ!」
「来てよー!」
「そこの君、ちょっと来なさい」
「親御さんは?」
「こんな時間まで出歩いてて、なにかあってもしらないよ?」
「連絡を受けてきました。君、ダメじゃないか。こんな時間にこんなところにいちゃ。」
「おいで……」
私は正座をして、膝をポンポンと叩く。
うん。完璧。どんな役になっても完璧にこなせる。
厨二病だった頃の名残か、少し心が高まるのを感じる。
そういえば、私の事務所というのは結局どうなったんだろうか?
……本来はあの不審者が私のことをどうにかしなければいけなかったんじゃないか?
なんかそんな気がする。
よし、呼び出してみよう。
「すみませーん!顔にモヤがかかった長身男性の方はいらっしゃいませんかー!」
自室に声が反響する。
ゆら、ゆら、ゆら、
ユラユラと煙が現れ、その煙が形を成すと、そこにはいつも通りの不審者がいた。
ほら来た。この不審者私の事ストーカーして、その上多分盗聴しているから、呼べば来るんだよなー。
「簡単に呼び出さないでくれるかな?君に期待しているのは確かだが、あまり気軽に呼び出されては、格が落ちるってものだろう?」
「だってあなた、いつも私の近くにいるじゃないですか。なら私に会えて嬉しかったりすんじゃないですか?」
少しからかってみる。
「君の近くになんていないよ。私はいつも研究室に籠っていて、君の声を盗聴してその声に従って行動しているだけだよ。」
「盗聴はしてるんですね!?……まぁいいですけど」
「いいんだ……」
「予想通りですし。」
「よく私を呼ぼうと思ったね。盗聴してる男性と部屋で二人っきりになって、何かされないとは思わなかったのか?」
「あなたはずっと盗聴してるんですから、やるならもっと早くにするでしょう?それに……こんな子供の体には興味無いでしょう?あぁ……いや、私のこと盗聴してるぐらいだし、そっちの線もあるか」
「勝手にロリコンにしないでくれ。それに私は君の魔法少女としての資質にしか興味無い。君がどれほどの魔法少女になるか、楽しみだった、のに」
「のに?」
「……いや、なんでもない。それより、何で私を呼び出したんだい?」
「あーその話の前に、魔法少女の間で妖精を呼び出すのが流行ってるらしいんですけど、何か知りませんか?私も流行りに乗りたいんです。」
私はまだ厨二病になりきれていない。
どう考えても管理局側の彼なら、この厨二病な遊びについて何か知っていて、参考にできるかも。
「……なんだその流行り。君20歳だろう?中学生の流行りに乗ってどうする?」
「た、たしかに。」
「それに……多分君は妖精を呼び出せない。」
「え……私だって羞恥心を捨てて遊ぶぐらい出来ますよ?」
「遊ぶ!?今の魔法少女は遊びで妖精を呼び出すのが流行っているのか!?」
「そうらしい……ですよ?」
「47体しかいないのに……そんな適当に呼び出されては妖精も大変だろう。あぁ、もちろん私も適当に呼び出されては困るが。」
ほらやっぱり知ってた。え、というか、遊んでる側?事情を知ってる側じゃなくて、厨二病ごっこしてる側なの?……何歳か知らないけど大丈夫なのかなぁ……
いやいや、待て待て。私、今はチャンスだ。魔法少女たちと厨二病ごっこする際の練習になる。
「47体もいるんですね〜。ちょうど日本の県の数と同じですね」
「うん?それはそうだろう?」
「?」
「何を言っているんだ?」
だめだ。設定が作り込まれているみたいで、素人では会話に入れない。だからか。だから、凪ちゃんも美桜も微妙な反応だったのか。あ、やばい恥ずかしくなってきた。
……20歳なのに中学生相手に厨二病ごっこをして黒歴史を作っていたなんて…
「ぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「な、なんだ!?ついに私のものになったのか!?」
「私のもの、ですか?」
「あ、いや、なんでもない。いや、それより今の悲鳴はなんだ!?」
「私のもの?」
「それはいいから、」
「やっぱり、私の事好きなんですか?」
私は恋愛事情には真面目に行きたいので、真剣な顔で聞く。
「好きじゃない」
男は動揺する素振りも見せなかった。
「好きであってくださいよ!盗聴してる相手が好きでもないならそっちのが怖いですよ!どういう意図ですか!?」
男は私の声を聞いているのかよく分からないが、顔の横側に指を突っ込んでいた。
……それ、耳の位置じゃないか?
こいつ私の部屋で耳くそほじってないか?
「……何してるんですか?」
「……君の悲鳴で耳の調子が悪くて」
私が悪かった。
「ごめんなさい」
「素直に謝るなら許そう。それより、本題はそれではないのだろう?本題を言ってくれないか?耳が痛くて早く病院に行きたいんだ」
切実だった。
「えっと、私の事務所って、どうなってますか?」
「事務所?」
男は本当に何を言われてるか分からないみたいで、事務所事務所と繰り返してつぶやくのが聞こえる。
「あの、他の魔法少女は管理局というところに所属しているみたいなんですけど、」
「あ、あぁ、そのことを事務所と言っているのか。どうなるもなにも、管理局に入っていないのか?」
「え?あれ自分で入らないといけないんですか?」
「え?いや、管理局から君に声はかかってないのか?」
「かかってないですね……」
「え?君じゃあ魔法少女として活動してないのか?」
「活動してないですね……」
「へぇ……」
男が何かを考え始めて、5秒ほど間が空いた。
「じゃあ無理に活動する必要はない。管理局に所属していないのに活動すれば目立つぞ?」
「え、えぇ?あなたが私を管理局に推薦するとかは無理なんですか?」
「なぜ私がそんな事をしなければならないんだ?わざわざ『敵』に、魔法少女を、それも極上のを、どうして推薦しなければならない?」
「極上……」
私、そんなに才能があったの?
容姿?いや、可愛いとは思うけど……
演技?これが一番ない。棒読みだし……
いやそれよりも、今、『敵』って言った?
「敵ってなんですか?」
「あ、いや」
「誤魔化さないでください。私、理子ちゃんとか美桜とか凪ちゃんと関わってるのに、その子たちが敵ってことですか?」
「くぅ……そうだ。私含む研究室のメンバーは管理局の敵といえる。」
え、他事務所じゃないの?
「研究室?どういうことですか?」
「はぁ……こうなったら答えるしかないか。」
……そんなことも無いと思うが。この不審者は毎回口を滑らせるし、都合が悪くなっても帰らないし。自分の帰って行き方を忘れているのか?モヤに吸い込まれるやつをどうやって追いかけるんだ?逃げ勝ちだと思うけどなぁ……
「私たち研究室は管理局と真っ向から対峙している、異空間研究チームだ。」
「……異空間研究チーム?」
おや?
まさか……
「あぁ。私たちは異空間を見つけた。その異空間に怪獣がいて——」
「ちょ、ちょっと待ってください!これ、魔法少女の話ですか!?」
「?当たらずとも遠からずだが」
「あー……あぁそうなんですか……」
こいつ。こんなタイミングで脚本の話を始めやがった。てことは、研究室がどうたらって言うのも、脚本の話か。
「それで、私が妖精を研究した。妖精を完全に理解することにより、私自身が」
まだ話してる。なんでそんな真剣な顔できるんだろう。これ配信外だよ?理子ちゃんがなりきってたのは聞かれたからだけど、自分から話し始めてこれって、これ意味あるの?
「能愛が魔法少女を研究することにより、能愛は」
……この話長いな。ほんとに脚本全部話そうとしてる?というか、敵組織なら脚本外で接敵してるのマズくない?あぁいや、私は管理局にも入ってない脚本外の人間だったか。
「姫愛縲が配信を研究することにより、配信は」
敵組織の始まりとか聞いても、そもそも魔法少女側のシナリオも知らないしなぁー正直頭に入ってこない。あ、美桜からLINEきた。「お姉ちゃん、今日は無事ですか?」か、毎日来るけど無事じゃないなら返せないんじゃないかな?「お姉ちゃんは今日も無事です。帰りは何時頃になりそうですか?」送信っと。
「そして煉が怪獣を研究し始めた。煉は研究の結果」
お、美桜から返信きた。「帰りは午後の6時になりそうです。今日の敵は手強くて疲れました。お姉ちゃん癒してください」か。今日も撮影あったんだな。ならこの不審者はそっちいけば良くない?なんで私の部屋で話してるの?まぁいいや。「存分に癒し尽くしてやるから覚悟しろよー!」送信っと。ちゃんと魔法少女やるって言ったのに、仕事もないし、魔法少女として出撃したら貰えるって不審者が言ってたのにお金も貰ってないし、私ちゃんと魔法少女やれてないよなぁー……
「以上が私たち研究室の説明になる。どうだ?理解できたか?」
男は話し疲れたのかゼェゼェ言っている。
私は慌ててスマホをしまった。
「は、はい!すごく参考になりました。」
不審者は固まった。
「参考?……どこら辺が?」
「えっと、関係ないところでも情報を吐き出すプロ精神……ですかね?」
「……馬鹿にしてるのか?」
「い、いえ!」
「まぁいいだろう。今日はここらで失礼するよ。もうしばらくすれば君の妹が帰ってくるからね。」
「え?まさか美桜のことまで盗聴してるんですか?そうだったら帰す訳にはにはいかなくなりますけど?」
「い、いやいや……君以外盗聴していないよ」
「そんな言葉でなびくと思わないでくださいね!」
「そんなつもりで言ってない!」
「あー!あと、なんとお呼びすればいいですかね!?いつも不審者じゃさすがに……」
「……不審者って呼んでたのか。」
男の表情は分からないが、肩を竦めたことから、多分呆れたのだろう。
「そうだな……kと呼んでくれ」
「k?わかりました。」
「それでは本当に失礼する」
kは顔のモヤに吸い込まれて、消えていった。
あー完全にわかった。設定に詳しすぎるなぁと思っていた。そして、私の前で名前を言わない理由。すべて察しが着きました。
k
それはある言葉のイニシャルだ。
あの男は……
『監督』だ
つまり、監督自ら私を勧誘していたのだろう。そして、私の動きは彼がコントロールすることにより、私に完全な素人の演技をさせた上で、リアリティがある配信になると。
……なかなか凄腕の監督ではないか?
ただ、一つだけ、一つだけ、私でもわかる良くないところがある。
自分をキャストにしてるのはダサいな……
なんだっけ?研究室の妖精担当だか。
研究室にボスはいないとか言ってたし、実質的な組織のトップのうちの一人に、自分を据えたんだ。
イタイなぁ……
監督自ら出演!みたいなのは、いじられ役とか端役としてしか、やっちゃだめだろう。なに主役級をやっているんだ……
まぁでも、今日ずっと喋ってたのは監督として、作品に愛があるからだろうな。そんな作品はきっと素晴らしいものになる。
魔法少女の人気がどれほどのものか知らないがきっと人気なのだろう。
私はふと気になり、スマホで魔法少女の配信のアーカイブを覗いてみると、午後5時から5時半までのライブ配信で、視聴回数が100万回を超えていた。今5時56分だ。まだ伸びるだろう。
うん。怖い。もう絶対見ない。
私は美桜が帰ってくるまでずっと現実逃避した。美桜は癒してあげた。
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次回8話 「 執着 」




