第39話 「ほら!」
「うわぁーーー!!」
姫愛縲さんは大声を上げて後ろに避ける。
「あっぶな!あっぶな!今死んでたよ!?私!!」
私は姫愛縲さんの声で、自分が殴りかかっていたことに気づいた。
……姫愛縲さんは穢れている。
だったら、これぐらいは、やっていてもおかしくなかった。
私は少し自分を棚に上げすぎかもしれない。
わたしは変身を解いた。
姫愛縲さんは自分の心臓を押さえて「まだドクドクしてる……」と言った。
私は自分の手を改めて見る。
この手は振るえば大抵のものを壊せる、そんな威力を孕んでいる。それなのにこんなに気軽に振るえてしまう私はやっぱり、穢れているんだなと再認識させられた。
実際姫愛縲さんは殺すつもりだった。
でも現実として私がやってきたことの方が酷い。
私が傍に居られるのは、こんな人だけなのかもしれない。
私は自分の現状への認識をもう一段改めて、
姫愛縲さんに向かって口を開く。
「ごめんなさい。つい理子ちゃんをこんな目に合わせたと思うと姫愛縲さんのことを殺したくなってしまって。」
「もー!ついじゃないよー!死んじゃうとこだったんだからー!」
姫愛縲さんは肩を震わせてわざとらしく怒る。
どうやら姫愛縲さんにとってはこの程度は本当の恐怖を感じるほどでは無かったようだ。
……私の頭は『じゃあ何なら姫愛縲さんを屈服させられるだろう』ということを考え始めていたが、私は姫愛縲さんをそうさせたいわけでは無いはずだ。
……私にはもう分からないが……
「どうして理子ちゃんをあんな状態にしたんですか?」
姫愛縲さんは悲しげな表情を作って
「理子ちゃんが死にたいって言ったの……だから——」
すぐに笑顔になって
「私が殺してあげたの!……精神的にね」
なるほど。
何となく分かった。
私の元から理子ちゃんが消えたあと、どこに行ったんだろうと思っていたが、姫愛縲さんが色々していたんだろうな。
私はただ理解を深めた。
精神的に殺した、という部分はあまり私にとって価値を持たなかった。
……ただ
理子ちゃんに謝れず、喋れないというのは悲しかった……
……ならもう私も殺してもらおうかな
生きててもしょうがないし、私は皆を殺したくないし、だったら死ぬ方が……
「ごめんねー!美香ちゃんのことは殺さないよ。私は美香ちゃんには管理局を潰すのに協力して欲しいの。それなのに殺してもしょうがないじゃん!」
……今……
「……もしかして、私の考えていることが分かるんですか?」
「秘密。全部は教えてあげないけど……でも……美香ちゃんが考えていたどの方法でも私は屈しないってことだけは教えてあげる」
姫愛縲さんは笑った。
私の頭の中は何回も殺したり、何回も臓器を引きちぎっていたし、何回も首を絞めた。爪を全部剥がしてみたり、耳の穴に包丁を刺してみるようなことも考えた。
それら全てで……屈しない……?
「……そうですか。」
あれ……?
なんでだろう……
少し……
少し興奮する……
こんなに穢れている人間なのに……
穢れていない人間をぐちゃぐちゃにするのが好きだったはずなのに……
無駄と言われたら……やりたくなってしまう……
「やってみればいいじゃん!ほら!」
姫愛縲さんはどこからか包丁を持ってきて私に渡した。
そして自分の耳を差し出した。
ガタ……ガタ……
私は……
包丁を持つ手が震えていることに気がつく。
どうして?
何回もこれ以上のことはしてきた。
どうして怖いんだろう……?
自分が通用しないのが……
怖いのかな……
「ほらほら!」
……いや、出来るはずだ。
出来るはず……
私は包丁を両手で強く握りしめて……
耳に真っ直ぐ包丁を刺した。
耳の穴には包丁が入り切らず、穴を広げながら包丁はどこまでも入る。
私は自分の拳が姫愛縲さんの耳で見えなくなったところで止まって、引き抜いた。
血がドクドクと溢れ出てくる。
「あ〜耳の中に血が入ってきた〜!想定外〜!」
そう言いながら姫愛縲さんは耳に水が入った時みたいに、顔を傾けて血を出そうとする。
「……痛くないんですか?」
姫愛縲さんはきょとんとして、
「痛みとか忘れてたよ。私、痛みは切ってるんだった。」
今思い出したように姫愛縲さんは呟いた。
私は自分の手に持つ包丁を改めて見つめる。
痛みが通じないならば姫愛縲さんを屈服させることは難しい……
精神的なトラウマを与えてもいいが……
多分姫愛縲さんはそちらも対策しているだろう。
となると……
快楽が思いつくが……
私はそっちに興味が無いので無しだ。
ということは……
姫愛縲さんは屈服させられない。
私の好きなようにはできない。
私は人の苦しむ様を見るのも好きだが……
姫愛縲さんは苦しむ様子すら見せてくれない。
はぁ……
姫愛縲さんは面白くないなぁ……
「失礼だなぁ……私だって、耳に血が入って嫌な気持ちになってるのに!」
そんなことを言っていた姫愛縲さんだが、いつの間にか血の1滴すら見当たらず、傷は塞がっていた。まるで元から何も無かったみたいに。
「姫愛縲さんも回復能力を持っているんですか?」
姫愛縲さんはニヤリと笑って「秘密」と言った。
どうやら、私に自分の能力を開示する気はないみたいだ。
「理子ちゃんはもう起きないんですか?」
「起きないよ。……いや、起こそうと思えば起こせるけどね。」
……なら……
「起こさないよ。それが理子ちゃんのためにもなる。理子ちゃんと話したいなら、理子ちゃんの心の中へ送ってあげるよ。」
「そんなこと出来るんですか?」
「さぁ?やったことないけど、まぁきっとできるよ!私だし!」
姫愛縲さんは私の腕を引いてベッドの傍まで行く。
「うーん多分こうやったら……」
姫愛縲さんは片手で私の腕を持ったまま、もう片手で理子ちゃんの腕をそっと握ると……
「あ、出来たかも」
そんな声と共に私の意識は暗闇へと消えていった……




