第37話 「何になるの」
私は……よろよろと立ち上がった。
……私にはどうしてここまで来てしまったのかもよく分からない。
ツバメは6階層の時点で、死んでいた。
ならどうして7階層まで来たんだろう。
いや、来てしまったんだろう……
7階層には来なければ良かった。
ここを引き返せば……
でも……
私は一つだけ……
一つだけ気になっていたことがあった。
小百合さんは……
小百合さんは優しいのかな……?
私より間違いなく大変な思いをしている序列一位にまで上り詰めた人が、優しいならそれなら納得出来る。
私の器が小さいんだって。
認められる。
でも小百合さんが優しくなくて、私になにか怒るような言葉を吐いてくれたら……
そしたら止まれる気がするんだ……
止まっていいんだ……
……私はよろよろと8階層への階段を降りた。
……咲さんはその間ずっと私の肩を支えていて……
それすらも痛くて、私は苦しかった。
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8階層も、ただのオフィスにしか見えなかった。
そして、この階にも警備がいない。
6階層より下は警備にすら見せられない闇という事なんだろうか……
そもそもここまで来ることも、想定はされてないんだろうな……
私はよろよろと歩き続ける。
部屋という部屋を開けては、また廊下を歩いて、その動作を繰り返していた。
……部屋の中は大抵乾いた血と笑顔の男性がいるだけだった。笑顔の男性が何かを目の前の機械にしているのは、分かるが……
……今の私には殺す余裕も無かった。
そして、そのまま探索を続ける。
そして、30回ぐらい繰り返して、31回目に開けた部屋には……
「ひょ?お主らこんな所まで着きおったか!ワハハハハハ!!良かろう!わしが直々に相手してやろう!ほれ!ほれ!」
……もしかしたら1番会いたくなかったお爺さんがいた。
お爺さんは他の部屋と同じく機会まみれの部屋で1人だけ立っていて、挑発のように私たちに向かって中指をクイッと動かす。
……今の私にはこのお爺さんを殺す快楽的な理由はあんまり無かった。
でも……
このお爺さんにツバメが殺されたのかもと思うと……
感情的な理由が込み上げてくる……っ
殺したい……っ!
このお爺さんを……っ!
「変身。……美香、下がってて。……美香は冷静じゃないわ。私がやる。」
また咲さんは私を庇って私の前に出る。
私はまた胸が痛んで……
「……はぁ…………はぁ…………はぁ……」
その痛みは呼吸すらも脅かすほど強くて……
私は咲さんより前に出た。
「美香……」
これ以上その優しさを浴びたら……
死んでしまいそうだった。
「……お爺さん……ツバメのこと……許しませんから……私、こんなに怒ったのは……もしかしたら初めてかもしれません。」
激情が体を乗っ取ろうとするが、どうにか堪えて、冷静にお爺さんを見る。
お爺さんは上裸にアロハシャツを羽織っていて、ズボンは半ズボン。靴は下駄という戦いにくそうな服装だった。
だったら、物量が多い攻撃をすれば、下駄では逃げられないだろう。
……ホアちゃんを呼ぶか。
私は心に呼びかける。
「来て。ホアちゃん。」
ホアちゃんはある意味私と契約したようなものだ。
だから、
こうやって呼び出せる。
ホアアアア!!
凪を落としたからか、一回り小さくなったホアちゃんが出てきた。
それでも天井スレスレではあるが。
「ほぉ?お主……そんな大きいものを出して、どうすつもりじゃ?それでは何も出来んぞ?」
「本当ですね。何もできません。」
私は口でそう言いつつ、ホアちゃんに近づいて……
思いっきり殴った。
1発2発3発……………………ホアちゃんが粉々になるまで殴った。
ホアちゃんは血を撒き散らしながら、地面に肉片となって沈む。
「お主……イカレとるな。お主のようなやつを相手するのが1番骨が折れるんじゃ。……ほれ、『機神』よ。何時までそんなところにおるんじゃ?こっち来ぃ。」
お爺さんが手招きする。
「……っ!なんで、体が……勝手に……」
咲さんはお爺さんの元へと歩いていく。
主導権がお爺さんにあったんだろう。
別に驚くことじゃない。
複製体に自我があることの方が驚くことだ。
……いや、自我を残したまま操る方が、気分がいいのか。
私も同じ位のクズとして、お爺さんの気持ちは分かってしまった。
……でも、
咲さんは渡したくない。
咲さんは私の思いとは裏腹に、お爺さんの横まで着いてしまった。
お爺さんは咲さんの胸に手を伸ばす。
「ほれ、抵抗できるかの?ほれ、ほれ」
「……やっ……やめ!」
そのまま咲さんの顔に自分の顔を近づけ、頬を舐めた。
「…………っ!!」
咲さんは目を見開いて、ただ愕然と自分のされていることを享受する。
……私の胸の中はなぜか冷えきっていた。
咲さんだ。
私が大好きな咲さんだ。
そんな咲さんが弄ばれているのに……
どうして苦しくないんだろう。
それどころか、楽になったような……
あぁそっか……
咲さんは優しすぎるから……
優しすぎるから私には毒なんだ……
咲さんが居ないだけで、私は楽になってしまうんだ……
あぁ……もっと一緒にいたかったなぁ……
居ないと楽なら……
殺すしか無くなっちゃう……っ!!
私が咲さんとお爺さんを殺す覚悟を決めて、拳を固めたその瞬間。
ドアが開く音が一瞬して、
視界に何かが入ってきたと……
そう思った瞬間……
……お爺さんは細い何かで貫かれていた
私は1秒ほど使って、やっと状況を理解した。
背が高い黒髪の和服の女性がレイピアでお爺さんの胸を貫いていたんだ。
誰?なんて、分からないほど私は鈍くない。
「小百合さん……」
「ふふふ〜咲とあなたには助けられちゃいましたねぇ〜このお爺さんを殺すので相殺出来ませんかね〜」
小百合さんはこちらを見ることもせず、お爺さんをレイピアに指したままそう言った。
……レイピアから水がじわじわと吹き出す。
それはお爺さんにまとわりついて……
おじいさんの体をどんどん覆っていく。
すると小百合さんが突然
「……また逃げられましたね〜」
と呟いた。
私は何を言っているかわからなくて、
……よく見てみると、
お爺さんは一切動いていない。
そして、水が体を覆いきったら……
パン!!
甲高い音を立てて破裂した。
私はその音を聞いた瞬間咲さんが気になってそちらを見る。
でも、
そばに居た咲さんは無事だったようで、無表情でただ突っ立っていた。
小百合さんを見ることもせず、ただお爺さんに舐められた自分の頬を何回も擦っていた。
私が咲さんのことを見ていると、小百合さんが私の方に近づいてきていた。
「ここまで助けに来てくれて、ありがとうございました〜まさか……わたくしのことを誰とも知らない人が助けてくれるとは思いませんでした〜」
……なんだろう……
なぜか……
何故か苛立ちがある。
あぁ……
私は小百合さんの命よりツバメの命のが大事だったんだろう……
私が小百合さんを助けられた、のかもしれないけど、それよりツバメがこの人と引替えに死んだんだという思いのが強かった。
「……私達……だけじゃありません……ツバメという……私の友達も、あなたを助けようとしました……でも……ツバメは……っ!…………」
私はそれ以上は嗚咽で何も言えなかった。
そんな私を見て、
私を見て……
……小百合さんは片目から涙を流した……
「……ごめんなさい……わたくしはあなたにかける言葉がありません……それでも……あなたのお友達とあなたに助けてもらった命です。わたくしは、この世界を正すために使います……どうか、どうか待っていてください。わたくしが、お友達も報われるような、平和な世界を作ってみせます。」
小百合さんの片目からはとめどなく涙が吹きこぼれる。
……分かってたんだ。
分かってた。
これだけの人が助けに来てくれるような人が、悪い人なんかじゃないって。
私だって分かってた。
優しいんだ……
序列一位にまでなった人が、人を思いやれるんだ……
……痛い……
……痛い。耐えられない……
それに……
咲さんは結局私には助けられなかった……
私が助けるつもりだった。
それでも小百合さんのが早かった。
優しくて私より頼りになる人がいる。
……私っていらないじゃん。
……もう……
……もう止まれない……
みんなを殺すしか……
それしか無いんだ……
「……帰ります」
「そうですか……ここまでありがとうございました〜」
小百合さんは深々とお辞儀する。
私はそれを見て……
そして、そのまま何も言わず部屋を出た。
部屋を出たところに凪がいた。
凪は口を開いて、
「あ、美香さん!この間はごめんなさい!あなたのこと誤解——」
そう言ったが、私はそれを遮って、
「誤解なんかじゃないよ。私は……どうしようも無い、穢れなんだ」
私はそれだけ言うと、それ以上凪の顔を見られず、逃げ出した。
だって……
……凪は救われていた。
凪は笑っていた。
凪は目が輝いていた。
それは……
穢れとは別だ。
綺麗だった。
……そういえば
私と同じような状況で、救われなかった子がいたな……
理子ちゃん……
会いたいよ……
あなたはどういう気持ちだったの……?
会って謝りたい……
そして……
同じ傷を抱えたものとして……
一緒に居たい……
理子ちゃんの隣なら……
隣なら安心できるような……
そんな気がするんだ……
私はそのまま管理局を出て、またどことも知れない地に向かって、走り出す。
……もう無理だ……




