第30話 「穢れた者」
「……私は大学にいる。だから、大丈夫……これは日常……過ごしていても……何も起こらない……起こらないんだ……だから大丈夫……大丈夫……」
無理だ……!
耐えられない……!
私を渦巻く不安と罪悪感は言葉にして吐き出さないと、頭がおかしくなりそうだった。
「帰ろう……!無理だ……!私には無理……!!うぅぅ……!!」
……この体をめぐる非日常な感情が、私に発散先を囁く。
『能愛をぐちゃぐちゃにしちゃえ!』
『美桜は何でもしていいって言ってたよ?なら、手を出してもいいじゃん!』
ダメ!ダメ……
でも……
……どうしてダメなんだろう……?
能愛はそれを望んでいるし、美桜はなんでもしていいって、言った。
……あぁ、なら、好きなだけ……
好きなだけしよう……
……私は感情を抑えるのをやめた。だから、少し気が楽になって、そのまま家に帰れた。
……しかし、家は私にとっての発散先にはなりえなかった。
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私が家の前まで着いた時、異変に気づいた。
髪はボサボサ、目には大きなくま、猫背に腰を曲げて……
普段とは全く違う見た目の凪ちゃんが私の家の前に居た。
「美桜。……私のお願い、聞いてもらえるわよね……!?」
……凪ちゃんは歪に笑う。
私は呆然として言葉が出ない。
「え、ええと……内容によるのですが……どうしたんですか?」
美桜が心配そうに聞く。
「わた、私のお姉ちゃんが……小百合が管理局に捕まって……!助けに行ったのに、私の計画が間違っていたせいで!!二人が捕まって……!!」
……は?
今なんて言った?
おい。
ツバメが捕まったのにお前は逃げてきたのか?
は?
「だから!美桜……!お願い……私と……私とみんなを助けに行ってくれない……!?人数がいないと……無理なの……お願い……!じゃないと……じゃないと私……おかしくなっちゃいそう!」
「ひっ……い、いえ、私はっ管理局とた、戦うなんて……したく……」
「お願いっ!!」
凪が美桜の肩を掴んだ瞬間……
私の体は勝手に動いていて、凪の頬に向かって……
パーン!!
「私の妹を巻き込むなっ!!死にたいなら勝手に死ね!!」
凪は頬を抑えて呆然と私を見ていた。
私の胸の中には苛立ちと怒りでいっぱいだった……
「わた、私……」
……凪はゆっくりと立ち上がると、とぼとぼとどこかに歩いていく。
「な、凪ちゃんっ——んん!んんんんん!!」
……美桜が凪を呼び止めようとするのを、必死に口に手当てて止めた。
ダメなんだ……
ああいう人間と関わったら、巻き込まれるだけじゃなくて、自分まで不幸になる。
私には分かる。
だって、おかしくなってた時の私みたいな顔をしていた。
じゃあダメだ。
じゃあ美桜と関わっちゃダメだ。
美桜は穢れてないんだ。
美桜を穢すな。
美桜は綺麗なんだ。
お前ごときが触るな。
「……中に入ろう……」
私は美桜を押さえつけて、無理やり家に入る。
「んん!んんんんんん!!」
美桜はずっと暴れていた……
でも仕方ない……
関わったら不幸になるのだから、仕方ない……
関係ない人の為に命をかけるなんて普通じゃない……
ダメなんだ……
でも……
ツバメ……!!
捕まった……!!
私……
でも私……!
ツバメのことが心配で仕方ないんだ……!!
どうしたらいいの!?
美桜を止めておいて……!!
私が行きたくなってる……!!
でもダメだ。日常が崩れる。日常は簡単に崩れるものなんだ。美桜が居て、能愛が居る。それでいいじゃないか。
それで……
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「お姉ちゃん!どういうことですか!?どうしてあんなことを……!」
美桜は食ってかかるように私に言う。
「……どうも何も無いよ。関わってもろくな事にならない。だから止めた。それに凪ごときが美桜に触るなんて許せなかった」
「肩に触れただけじゃないですかっ!?お姉ちゃんどうしちゃったんですか!!なんかおかしいですよ!!」
……あぁそれが、肩に触れたことが、おかしいことだとは思えないんだ……
美桜はきっと、これからも汚い人に触られ続ける。
そして穢れる……
ならいっそ、私の手で、
私がぐちゃぐちゃにしても……いいかな
ドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクンドクン
あぁ……最高の気分だ……
私が美桜に向き直ってすぐだった。
「美香、待って」
……能愛が私を止めたのは
「どうして邪魔をするの……?返答次第では……私にもどうなるか分からないよ?」
「美香、美桜が望んでないことをしちゃダメ。後悔する。」
「っでも!!でも言ったんだ!!美桜は何でもしてくれるって!!だったらいいじゃん!!私がぐちゃぐちゃにしても……」
「……美桜の顔を見ても……言える……?」
美桜は……
あぁ……
怯えてる……
でも……でももう抑えられない……
もう無理なんだ……
美桜じゃないと嫌だ……
美桜をぐちゃぐちゃにしたい……
美桜を……私の手で、穢したい……
「美香がそれでもするなら……私は本気で止める」
「どうして!?それなら……それなら私……!」
この感情はどうしたいいの……
……私は美桜から離れた……
ここには居られなかった。
私だってわかってた。
美桜に手を出すのも能愛に手を出すのも、やってはいけないことだって。
でも抑えられない。
でもしてはいけない。
なら、
逃げるしか無かった……
なら、
飛び出すしか無かった……
「お姉ちゃん——」
美桜の止める声が聞こえた気がしたが——
……私はもう家の外にいて、そのまま宛もなく走り続けた。
あぁ一緒じゃないか……
凪も、美桜にあんな顔で止められていた。
なんだ、まだ私は……
狂ってたんだ




