第16話 「理解」
「はっ!……はっ!……はっ!……はっ!」
……なんで私は走ってるんだっけ?
……あぁそうだ。
私の目の前で私をおいて、美桜が救われたからだ。
いや、選ばれたと言ってもいいだろう。
……私の汗か涙か、それすら判別できないものが辺りに飛び散る。
……もう何分走ったかも分からない。
……夏の暑い日の中こんなに走れば、酷ければ死ねるだろう。
……死ねるかな?
……遠回りだ。
私は何回だって、確実な方法で死のうとしてきた。
包丁を取り出してみたり、紐を天井にくくりつけてみたり、怪獣の前で無防備になってみたり、
でも、それらは全て失敗した。
包丁は手が震えて落とした。
紐は私の体重に耐えられなかった。
怪獣はナキナギが倒した。
……そして、初めて本当に死ねそうな時があった。
私には死にたいなんて言っても、本当に死ぬ勇気はなかった。それでも、私に無理なら、2人なら、『私』と『理子』、2人でなら、死ねた。
『理子』は死にたくないって言った。
……でも、『私』が許さなかった。
私は自分の首を絞めた。
でも、意識の中では『理子』が泣き叫んでいた。
私の意識は薄かった。
だから、私は死ねると思った。
私の恐怖の全てを『理子』に押し付けて、死ねると思った。
でも……
助けられた。
だから、私は救われるんだと思った。
でも、現実はそうじゃなかった。
『理子』は死んだ。
そして、『私』は生き残った。
そして、『私』は救われなかった。
どうして?
どうしてまだ『私』にこんなことをするの?
『理子』は死ねていいなぁ
『私』の手で、抗えず死ねたんだから、幸せだ。
誰だって自分を殺すのは躊躇する。
でも、『私』と『理子』は別物。だから躊躇しなかった。
それなのに、
『私』をおいて、先に死ぬなんてありえない。
私の体の中を、言葉にできない大蛇のような恐怖が、うねうねと這いまわっている。
大蛇が通る度に、体中から汚れが染み出す。
汚れは私をべちゃべちゃ、べちゃべちゃと染め上げていく。
大蛇は時折、私の頭まで来て、頭を強く揺さぶる。
私は大蛇に揺さぶられて、転ぶ。
そして、私の頭まで来た大蛇は、頭を突き破って、時折私の耳元に噛み付いて、囁く。
『捨てられたよ?』
「あああああぁぁぁああああーー!!!!!」
『理子、今日はもう帰りなさい』
帰れない!!
家なんてない!!
……いつだっけ?
私の家が無くなったのは。
ある日家に帰ったら家が無くなってて、家族もみんな居なくなった。
……近所の住人に聞いてもそこはずっと空き地だった。
……そう、言ったんだ。
そして、それ以来私は管理局の支部にある部屋に住まされていた。……時折あの男が、私が寝ている時にやってくる。
急に起きた私の頭の中は、夢だった幸せな家庭が無くなることでいっぱいだった。
まぁ今となっては、もうそんな夢は叶わないが。
最初は寸前で私の悲鳴を聞いた女の人が助けてくれた。
だがそれ以来、まともに寝れていない。
だって、度々男が来るんだ。
もう子供ができないとわかってからも、それでも、嫌だったんだ……
私だって、好きな人と……
……私は結局一度も、男を許さなかったが、それでも、そんなのが無くても、私はどうしようもないくらい汚れているんだ……
それなら、もう体ぐらい差し出した方が良かったのかな……?私の体には価値がなくて……それでも男が求めるなら、それが価値になるなら……
…………………………
………………
……いつからなんだろう?
私が家族を失ったことに、なんの違和感も怒りも抱かないぐらい壊れていたのは。
『でもね、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは、美桜ともっと一緒に生きたいって思う……!美桜と会えなくなるのは嫌だなって!そう思う……!』
どうして!!
どうしてその言葉を私に言ってくれなかったの!?
それだけで、それだけで幸せだったのに……!!
そのたった一つの幸せぐらい、あってもいいじゃないか……!
……お母さん
……お父さん
私はもうこんなになっちゃったよ。
汚れで体は、べちゃべちゃ
2人が見てた私とは違うかもね
2人は私が魔法少女になっちゃった日から、何も言わなくなっちゃったもんね。
昔みたいな2人に、
天国で会えるかな?
……ううん……っ!
無理だよね……!
私は天国なんて行けないもんね……!
今もずっと、ずっと、本当は聞こえてるんだ……!
聞かないふりをしてただけで……
『理子を殺しちゃったね!他人だけじゃなく自分まで殺すなんて、本当に生きる価値がないねー!』
『理子』!なんであなたがまだ生きているの!?あなただけでも幸せになってよ……!
私の半身、まだ汚れきっていなかった部分、あなたは天国に行けたかもしれないのに!!
……本当は少し楽になっていた。本当は『理子』は綺麗だと思っていた。本当は『理子』が救われて、喜んでいた。本当は『理子』に私の代わりに死んでくれて、幸せになってくれて、嬉しい気持ちもあった。
それなのに……
『無理だよ!理子はね?私が押し付けた罪を、全て背負って、落ちたんだー!天国の雲の端は、掴んだんだよ?でもね、私の指をお父さんと、お母さんが、泣きながら剥がしたんだ。だからね?理子は落ちてきたの。私の罪の重さと、2人に捨てられて」
……そうだよね……
私が救われようなんて、おこがましかったんだ……
…………………………
………………
「はっ……はっ……はっ……」
……まだ走っていた。
ここはどこだろう?
いつの間にこんな夜になったんだろう?
何時なんだろう?
まぁいいや。
中学校だって、通っても仕方ない。
私は全盛期の18歳を過ぎたら、処分される予定なんだ。
なら、中学校に価値なんてない。
本当はみんなと仲良くしたかったけど、
……皆を見てると無性にムカつく。
私が悪いんだ……
そんな私が……
「はっ……はっ……はっ……」
……私はどこに向かってるんだろうなぁ……
先も見えない暗闇、いや汚れた下水道のようなトンネルが見える。私はそのトンネルを通って、さらに汚れる。私は汚れ続ける。濾過されることは無い。されちゃいけない。汚い醜い、こんな私が救われていいはずがない。
ドン!!
……何かにぶつかった。
「いったた……」
……声がする。
でも、誰か分からない。
顔も……いや……この顔は……
「お!やっと見つけた!生の理子ちゃん可愛いー!うんうん!私がちゃんと面倒を見てあげるからね!理子ちゃんをこんな目に合わせた……管理局のクソどもには私がちゃんと、全部返してやるから、だから!家においで!匿ってあげる!」
あ、れ?
いいの?
私が?
でも、この人を粛清リストで見たことがあったような……
嬉しい……
でも、私がいると巻き込む……
……安心感だけが、私を包み込む。
私は安心感なんてしばらく感じていなかった。
だから抗えるはずもなく、私はまた……
……また、汚れたトンネルを、真っ直ぐ進んでいく……
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「理子は拾われる……か。その相手があの人じゃ、どうしようも無いわね。もっと早く接触しておくべきだったかしら?」
そう呟くと、その人物は姿を消した。
……そして、また一日が始まる。




