第15話 「おかえり」
「ただいま……」
私は理子ちゃんをおんぶして、そのまま帰ってきた。
トントントントン
美桜が私の部屋から降りてくる音がする。
「おかえりなさい……」
……美桜は私から離れられるようになった。いや、完璧にではない。ただ、私が大学に行くぐらいは……いや、それすらも美桜にとっては我慢なのだろう。でも、最悪美桜がこのまま学校に行けなくなって、高校にも行けなくても……なんとか、私が大学さえ出たら、なんとか生きていけるはずなんだ……!
「美桜、一緒に来て」
私はそれしか言わず、美桜を連れて、私の部屋に向かう。
私が先導していたが、美桜からの視線を背中越しに感じる。それは珍しく私に向いていなくて、理子ちゃんに向けられていた。
「お姉ちゃん、私の部屋を使ってください」
「え?いや……私の部屋でいいよ?」
「私の部屋を使ってください」
……2回目は美桜から怒りに近い感情を感じて、私は素直に従うことにした。
美桜は理子ちゃんのことも凪ちゃんのことも、覚えている。名前、接し方、それらは覚えていられるのだ。まぁそもそも美桜が頭を怪我する前に、知り合っていた、というのも理由の一つだろう。
……しかし美桜は理子に対してなんの反応も示さない。
美桜の性格は、記録を読ませなくても変わってしまった……
………………
……………………
「じゃあ、ベッド借りるね」
「はい」
……最後に使ったのは1か月前だろうか?
そんなことを考えながら、美桜のベッドに理子ちゃんを寝かす。
……美桜のベッドはピンク色で、可愛らしく、理子ちゃんにも似合うはずだった。
でも、寝かせてみると、やはり少しの違和感があった。
私は度々理子ちゃんに違和感を感じていたはずだ。
あれは何に感じてたんだっけ?
だめだ。ここ最近の出来事の印象が強すぎて、少しの違和感なんて、思い出せない。
それがキーになりそうな気がするのに……!
歯がゆさと焦りが、さらに私の思考を鈍らせる。
だから、美桜の気持ちを分かってあげられなかった。
だから、私はムカついてしまったんだ。
それが、良くなかったんだ。
きっと……
「お姉ちゃん、理子ちゃんをどうする気ですか?襲うんですか?私には手を出さないのに?」
「美桜?何を言ってるの?……私は様子がおかしかった理子ちゃんを連れて帰ってきただけだよ」
「お姉ちゃんが誰かを家に連れてきたことなんて、私の記憶にはありません。理子ちゃんはそんなに大切なんですか?私の記録によると、私には手を出されてないんですよね?どうしてですか?私より、理子ちゃんがいいんですか?理子ちゃんは子供っぽいし、背が低いし、顔だって私より可愛くないし、胸だって私の方が大きいですよ?」
「美桜……!何言ってるの!今はそんなこと言ってる場合じゃ……いや待って!今……美桜!記録を読んだの!?」
「そりゃ読むに決まってるじゃないですか。お姉ちゃんが私から離れて、私にはお姉ちゃんを愛せなくなったんですよ?私とお姉ちゃんの愛の記録がたくさん詰まった記録なんて、読むに決まってるじゃないですか!お姉ちゃん、水族館では私のことを抱きしめてくれたんですね……!今、ここで私を抱きしめてください。そうじゃないと、私は理子ちゃんより愛されない。たった、8時間ぽっちの命なのに。ぽっと出の女にお姉ちゃんを奪われて終わる人生、そんなの嫌です。抱きしめてください。」
なんで読んじゃったの……
美桜……
今はそんなことをしてる場合じゃないの……!
理子ちゃんが危ないのに……!
でも……そんなこと口で言えない……!
だって!だって!!
……美桜だって我慢してたんだ。
……美桜だって危ない状態なんだ。
……美桜は私との時間を大切にしたかったはずなんだ……
「お姉ちゃん。答えてください。私のことは抱きしめられますか?私はお姉ちゃんに、まだ抱きしめられるだけの価値がありますか?……もう面倒くさくなっちゃいましたか?いやですよね。そりゃ、一日おきに記憶が無くなる妹なんて。それに両親は海外の仕事が多くてあまり家に帰ってこない。お姉ちゃん一人で私みたいな面倒事、抱えたくないですよね。ごめんなさい。お姉ちゃん。私、そろそろ死んだ方がいいですか?でも死ぬ時はお姉ちゃんと一緒がいいんです。今日じゃダメですか?記憶がないのに分かるんです。私はずっと前から死にたかった。お姉ちゃんと一緒に死にたかった。お姉ちゃんが誰かに殺されるぐらいなら……お姉ちゃんを殺したかった。お姉ちゃんが人生で1回しかあげられないものを、もらいたかった。お願いしますお姉ちゃん。私に殺させてください。私の人生は今日で終わりでいいです。だから、お姉ちゃん。殺してもいいですか?」
「良くない……!良くないよ……!!うぅ……」
涙が止まらない。
私がいいって言えば美桜は楽になるの!?
でも美桜が私を殺せば美桜は人殺しのまま生を終えるんだよね……!?
ならダメ!!
ダメなんだよ……
でも……私には美桜を止められない……
だって、美桜の気持ちを考えたら、
殺されてあげたくなってきちゃったから……
私は美桜を助けたいはずなのに……
もうそういう方法でしか助けられないような気がするんだ……
私、お姉ちゃん失格だなぁ……
「……いいよ。私のこと、殺したいなら、殺してくれて……いいよっ……!でもね、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは、美桜ともっと一緒に生きたいって思う……!美桜と会えなくなるのは嫌だなって!そう思う……!」
私は目をつぶった
最後に見るのが美桜のどんな顔でも、私は後悔しかしないと思った。
ごめんね。
私、こんな方法でしか、美桜を救えない。
ごめん。
ごめん。
来世で会ったら、一緒に幸せになろうね……
美桜
またね……
「そんなこと言われて……!殺せるわけ!ないじゃないですか……!!」
あれ?
美桜が泣いてる
いいの?
私のこと、殺さなくて……
まだ美桜と一緒に生きてて、いいの?
そうなんだ。
そっか。
「嬉しいよ……美桜……」
私たちは泣いていた。
互いの体に触れなくても分かった。
私たちは、今同じ方向を向いていた。
私たちは通じ会えた。
私たちは生きていけるんだ。
私たちの安堵と嬉しさが混ざった感情は、行く先を涙とした。私たちの涙は床で混ざって、しかし分離することはない。
私たちはこれから前を向いて生きていける。
……そう思えていたのは、ベッドに理子ちゃんがいないことに気づくまでだった。




