第9話 「やがては」
理子ちゃんを看病してから、5日後の今日。
今日私は美桜とデパートに出かける予定だ。
私は目の前でスゥスゥと寝息を立てながら寝る美桜を見て、考えごとをしていた。
理子ちゃんを看病した時に要らないことを言ったなぁという後悔があった。私が要らないことを言ったから、逃げ出しちゃったのかなぁ……
それとなく理子ちゃんの様子を美桜に聞いたが、美桜は「いつもと変わらない……と思うんですけど…」と少し悩むように言っていた。
一応また会うことがあれば謝ろうと思っている。
それはそれとして。
今日は美桜とのお出かけだ。
美桜が「お姉ちゃんとの思い出を今のうちに作りたいので、土日は二人でどこか行きませんか?」
と言っていた。美桜も来年は受験生で、高校生になったとしても、今みたいに自由に出かけられる時間は貴重だろう。
だから、私も了承した。いや、私自身が楽しみなのだ。
の、はずなのだけど……
美桜が「朝から寝るまでお姉ちゃんを独占させてください。だから、7時に起きましょう?」そう言ったので、私は6時半から起きて、美桜が起きるのを待っていた。
今は8時。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
美桜、
ガッツリ寝てる。
美桜は中学校にあがってから、なんだか抜けた行動が多くなった。昔は一切しなかった忘れ物をしたり、話したことを忘れていたり。
まぁ、多感な時期とも言うし。私自身中学生の頃は周りが急に成長するから戸惑ったり、自分の人生について考えたり、少し忙しかった気がする。
美桜も疲れているのだろう。
今回のお出かけも、そういう日常を忘れて楽しもうみたいな意図もあるんだろう。
……なら、起こしてあげるべきかな。
「美桜、起きて。美桜」
ユサユサと美桜を揺らす。
「う……ん……」
美桜の形の良いまつ毛がパチッと動く。
「美桜、もう8時だよ。」
「お姉ちゃん……?今日、は、土曜日ではありませんでしたっけ……?」
美桜は起き上がると目を擦る。
「お出かけするんでしょ?」
「おでかけ……ですか?私がですか……?そんな約束ありましたっけ……」
「え、忘れたの!?」
……私1時間半ワクワクしながら美桜の寝顔をずっと見てたのに、美桜にとってはあまり重要ではなかったのだろうか?
……そうだったら悲しいな
「忘れ?……あっ」
美桜は声を出すと、スマホを私から見えない位置で動かし出す。
すると急にスマホから顔を上げ、
「あ、あぁ!そ、そうでしたね!今日はお姉ちゃんとのお出かけでした!やったー!!」
美桜はまるで今知ったみたいに喜ぶ。
私は微笑ましい気持ちになりつつ、少し心配になった。
「じゃ、準備して、行こうか」
「はい!」
美桜は立ち上がると、私の部屋の収納棚を開け、当たり前みたいに自分の服を取りだし、当たり前みたいに私の部屋で着替え出す。
美桜は私と一緒に寝始めてから、自分の部屋をほとんど使わなくなった。私から目を離したくないのだと。だから、普段は私の部屋で日常を過ごしている。
私には断る理由もないし、受け入れていた。
しかし……
これだけは受け入れられない……
……くそ。お姉ちゃんなのに……
私の目線は美桜のある一部分にずっと注がれていた。
「お姉ちゃん……そんなに見ないでください。」
美桜は隠そうともせず、あまり気にしていないように言う。
「あ、あぁ、ごめん。」
「ちょっとぐらいならいいですけど……私もお姉ちゃんの体は気になりますし」
え?私の体?
美桜と大して変わらない(なんなら抜かれつつある)身長に、美桜の半分もない胸、体型も特に特徴はなく太ってもいないし痩せてもいない。
……何が気になるんだろう。
「美桜が気になるなら見てもいいけど」
私も着替え出したら、なぜか美桜は正座して私のことをじっと見ていた。
……うちの妹、大丈夫なのかなぁ……
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「全然人がいませんね……」
「そうだね……」
私たちの姿は近所のデパートにあった。
朝ごはんを食べてすぐ、私達はここに向かった。
穴場と言えば聞こえがいいだろうか?
人はほとんどいないが、店自体は営業している。もちろん服屋に私たちが買うようなものは無いし、小物を売っている店にも私たちが買うようなものは無い。
じゃあなんで来たかと言うと、美桜が私と2人だけで過ごしたいと言うからだ。
ただややこしいのが、美桜自身がその事を忘れているみたいで、どうしてここに来たんだろうという雰囲気を美桜が出していることだ。
……いいだろう。
私が見せてやろう。
このカフェだけで8時間も時間を潰したことがある、偉大なお姉ちゃんの時間潰し術を!
そのために、美桜が好きそうなものを考える。
本、服、飯、飯、飯、飯、飯。
うーん。ご飯……
このデパートのフードコートはチェーン店だけが15店舗集まった、超激戦区なんだよね。
何を食べるか考えるだけでも時間を使いそう。
ということはご飯を食べに行くのは11時ぐらい。
今からあと1時間か……
取り敢えず本屋に行こう。
「美桜、3階に行くよ」
「分かりました!」
美桜はニコニコしている。
エスカレーターに乗って3階に向かう途中、私が前に立っていたので、何回か振り返ったけど、その度に美桜と目が合った。
可愛かったので頭を撫でた。
3階に着く。
「本屋さんですか……!」
「うむ……」
美桜よ。テンションを上げるがいい。ここの本屋はあまりに買う人がいないから、品揃えが古くて、一周まわって珍しい本が置いているのだ。
「あ、これ!お姉ちゃん、これ今度アニメ化するんですよ!一緒に見ましょう!」
『妹以外を嫁にするなんてありえない!』
と書かれた本を生産者表示のように、美桜が笑顔で持っていた。
「あーうんいいよ。」
美桜ってどうしてか分からないけど、妹がヒロインな漫画とか小説を好むんだよなぁ……
それも大抵、姉が主人公の百合作品が多い。
普通、自分に姉妹がいたら、逆にそういうのは避けたくなるものなんじゃないのかなぁ……私にそういう感覚は無いが、ツバメが前、「弟がいる身としては、弟が恋愛対象とか、マジありえないから」と言っていたのを覚えている。私は弟も可愛いと思うけどなぁ……
弟かぁ……
私と美桜は女の子同士だから、恋愛関係にはならないけど、美桜が弟だったらそうなることもあったのかな?
そうだったら面白いな。
美桜は「こんな本が!?」「ここは魔境です……」「BL?私の対極の存在ですね」「これ、お姉ちゃん好きそう……」とか言いながら、店内を歩き回っている。美桜の顔は満面の笑みで、この店に感謝を伝えたくなった。
店員さんも微笑ましいものを見る目で美桜を見ている。
ちなみに店内には私と店員さんと美桜しかいない。
これが穴場ってことだ……
「お姉ちゃん!これ、そこで一緒に読みましょう!」
美桜は本屋の外のベンチを指さしていた。
「うん、いいよ。……ここはお姉ちゃんが払っちゃうよー」
「良いんですか?やったー!」
あぁその笑顔が見られるなら、やけに高い1000円の漫画単行本も安いものだ。
美桜がバーコードが見えるよう、裏向きで差し出す。
ぴっ
『百合文庫 1000円』
そう表示されていた。
……百合文庫?
なんかやけにこの本ピンク色じゃない?ほぼ薄いピンク1色なんだけど……
まぁいいか。
「ちょうどですね。こちらレシートになります。ありがとうございましたー」
「ありがとうございました」
店員さんに、美桜が律儀に礼を言って、店を出た。
店員さんがなんだか私と美桜の顔をチラチラ見ていた気がする。
一応私たちは魔法少女なので、まぁ顔が知られててもおかしくない。少し気になるが……
「さ、さ!読みましょう!」
美桜が私を引っ張る。
「あぁうん。分かった分かった。」
美桜は可愛いなぁ。
私たちはベンチに座る。
持っていた本を初めて表向きにした。
やけに肌色面積多めな赤い顔した女の子がやけに肌色面積多めな女の子に、艶めかしくもたれかかっていた。
……え?
ええと……え?
「……美桜?これ、年齢制限とか……大丈夫なの……?」
「だ、大丈夫です!一般の本と一緒にありました!」
美桜は顔を赤くしながら決して私と目線を合わせようとしない。
……ほんとかな。あの店、一応そういうコーナーもあるんだけど……まぁ美桜ならそんな事しないよね。
……しないよね?
いや、美桜も中学生。そういうのに興味がある年頃だったりするのかな?でもどうして毎回百合作品なんだろう……だいたい姉妹だし。あ、今回のもタイトルを見る限り、姉妹みたいだ。
「美桜、あの、お姉ちゃんストップがかかったら、読むのやめようね?」
「分かりました!」
美桜は何故か力強い返事だ。
……私は表紙だけでもうストップかけたいんだけどなぁ……
ペラっと1ページ目を見てみる。
……うっ1ページ目から女性がセクシーな服を着て、扇情的なポーズをした扉絵が写ってる……もうストップかけたい……でも美桜がなぜか真剣に見ている。
これ、そんなに大事なシーンなの?
まぁ……続き読むか……
読み進めていくうちに、この本は姉のことが大好きな妹が主人公みたいで、姉にどれだけアタックしても気づいて貰えないせつない気持ちが綴られているのがわかる。
読む手がだんだん止まらなくなってくる。美桜も目を輝かせて見ている。
……目を輝かせて?
まぁいいか。
『お姉ちゃん!私、お姉ちゃんのことが好きなの!』
『うんうん。お姉ちゃんも紗奈のこと好きだよー』
……なんで気づかないの?紗奈はそれとなくアピールしているのに。それに、好きとまで言われて、家族愛で返すなんて、こんなの……酷すぎる。
「……う、うぅ……」
え?
美桜……泣いてる……
美桜の背中をさすってやる。
そうしたら、美桜がページをめくる手をやってくれるみたいで、半分持ってくれた。
また物語の続きを読み進めていく。
姉はどんどん体調が悪くなる。どの病院に行っても分からない。取り敢えず薬を出す。その繰り返し。しかし、ある病院に行った時に、医者は険しい顔をし、大きい病院への紹介状を書いた。
……姉は重い病気であることが分かった。そして、寿命があと少ししかないことも、分かった。
妹は姉との思い出を沢山できるだけ作りたいと、姉を連れて色んなところに行くようになる。
姉はどんどん体が動かなくなるが、頑張って、妹について行く。最後の方は妹が姉の車椅子を押して、海に行った。
海に行くことは2人の、寿命が決まる前の約束だった。
入ることもできない海を眺め、2人はただ、思い出話に明け暮れた。最初は人が沢山いた海も、夜に近づくにつれ、誰もいなくなっていく。
夜が明ければ姉は入院して、延命処置に入る。
だから、言うなら、これがラストチャンスだった。
でも、
妹は姉に楽しい思い出で、終わって欲しいと思った。だから告白はしなかった。
でも、姉の方が
『ごめんね。お姉ちゃん、紗奈が恋愛的に好きなんだ』
まるで裏切ったかのように、切実にそう言った。
『嘘っ!?……そんなわけ……』
『紗奈の気持ちには途中から気づいてたけど、私には答えてあげることができないから言わないつもりだった……でも……私が堪えられなかった……。だから、ごめんね、紗奈』
妹は泣き出す。
『うっ、じゃ、じゃあお姉ちゃん、それを証明できるっ?』
『もちろん。どうすればいいの?』
『私に、キスして……』
そういうと、紗奈は顔を姉に近づけた。
姉は紗奈の口に自分から近づき、
2人は溶けるような優しいキスをした。
『お姉ちゃん……今日が、最後だから……いっぱい、いっぱい、愛して?』
『うん。帰ろっか。』
2人は互いの愛を確かめ合うように優しく、けれど愛の強さを証明するように、激しく愛し合う。
2人は蕩けきった顔で、一緒のベッドで寝る。
妹は姉に抱きついて、朝まで離さなかった。
美桜がページをめくった。
そこには背表紙しか無かった。
終わりだった。
「お姉ちゃん……、お姉ちゃん、お姉ちゃんお姉ちゃん!」
美桜が私を呼んでいる。
私は美桜を見るが、視界がぼやけてよく見えない。
「お姉ちゃん!」
美桜が抱きついてくる。
なぜか、無性に私もそうしたい気分だったので、抱きしめ返す。
美桜はいつもよりずっと強く私を抱きしめていた。きっと私もそうだ。
「やだよぉ!お姉ちゃんが死ぬなんてやだ!……やだよぉ……」
美桜は声を上げて泣いた。
私も何故か目から涙が落ち続けた。
結局私たちはそこでひたすら泣いて、気が付けばもう午後の1時だった。
なんだかご飯を食べる気持ちにもなれなかったので、家に帰って家でご飯を食べた。
今日以来、美桜はあまり私と離れなくなった。お風呂に行く時でも着いてくるようになった。家族と離れたくないという気持ちはわかるので、私も拒まなかった。




